「Ukonぶっくぶっくダイアログ」第1回
本は探さなくていい──閉店後の書店で、一冊と出会う

日曜日の夜8時。大垣書店烏丸三条店で「Ukonぶっくぶっくダイアログ」を開催しました。
この日のゲストは、書評家・ライターの永江朗さん。聞き手は、たちばな教養学校Ukon学頭の河野通和。ふたりの付き合いは40年を超えますが、人前で話すのは、意外にもこの夜がはじめて。
話は「隠居」からはじまり、書評、フーコー、平家物語、ムツゴロウ、大江健三郎、サルトル、若冲、そして、坂本龍一へ。本の話は、次から次へと芋づる式に広がっていきます。


ご隠居と呼ばれたい

河野通和(以下、河野):まずは1時間、永江さんと本の話をします。その話から、みなさんに何か好奇心が芽生えたら、閉店後の書店を自由に歩いて、今日の一冊を探していただく。そういう企画です。永江さんは、書評家としても長く活躍されていますね。

永江朗(以下、永江):いまの肩書きは“隠居”ですね。ご隠居と呼ばれたい(笑)。あ、忘れないうちに宣伝しておきます。来月、左右社から『隠居して好きな本だけ読んでたい』という本が出ます。

河野:月に何冊ぐらい書評を書いておられるんですか?

永江:現役のときは、月に20冊ぐらいは書いていたと思いますね。今考えるとバカみたいです。書きすぎですね。

河野:でも、永江さんの書評には特徴があって、本のおもしろさを伝え、読者につなげることを大事にしている印象です。けなす書評はまず読んだ記憶がありません。

永江:それは、書評を書き始めた頃に、『ダ・カーポ』の担当者に言われたんです。「けなすことに割くページがあったら、褒めることに使った方がいい」って。それ以来、尊敬できない本は極力取り上げないようにしようと。もう一つは、作家の森巣博さんに言われた「中3主義」——中学3年生でも理解できるように書く——ですね。義務教育を終えていれば分かるような書き方が大事なんだと、ずっと心がけています。

半日しか棚にいない本

河野:書店にはどれくらい足を運ばれるんですか?

永江:今は減りましたが、現役時代はほぼ毎日でしたね。今、日本では新刊書が年間7万点ぐらい出るんです。流通が動く日で考えると、一日に300点前後。ジュンク堂池袋の店長に「平均して1点の本が棚に並ぶ時間はどれくらいですか?」と聞いたら、「平均で1週間かな。半日しか並ばない本もある」と言われて。週に1回は行かないと、見逃してる本がいっぱいあるってことなんですよね。あと、最近は、やっぱりデジタルですね。いくつかのサイトを使って新刊をチェックするのは日課です。そこから書店で確かめたり、電子書籍で買ったりという感じですね。

河野:電子書籍の割合ってどれぐらいですか?

永江:読む本の半分は電子書籍かな。コツがあります。ここでは言いませんけども(笑)

本の方から飛び込んでくる

河野:永江さんは14年前の著書(※)で、「本は探さなくていい」と書いておられますよね。今もそのスタンスは変わっていませんか?
※ 『本を読むということ──自分が変わる読書術』(河出文庫)

永江:変わってないですね。「知っている本に出会うのがネットなら、知らない本に出会う場所が書店」という感じです。無意識のところでなんか探していた、求めていたっていうのが分かるのが、書店ですね。そこでハッとする。ああ、これなんだって。

永江:これはね、角田光代さんが教えてくれた話なんです。「探そうと思っていかなくても、そこに行けば本の方から飛び込んでくるから」って。

河野:そこらへんは本に限らないですよね。ショップに入って、こうふらふらと、なんとなく店内を歩いているうちに、「何か」と出会って、「えッ!? 自分はこんなものを欲しがってたのか」と。自分の気づいていなかった欲求に驚くみたいな出会いはありますよね。全く予期してなくて、それが欲しいなんて思ってもみなかった。でも無意識の中で何かそれを待望していたみたいだっていう。

永江:だから、あまり「今日は本を探すぞ」と力いっぱい探そうとしなくていい。なんかある。気楽に構えていればいい、ということなんだと思います。

なるべく不良に生きよう

河野:永江さんの人生の中で、考えてもみなかった本と出会って「ガツン」ときた、という大ヒットは何でしょう?

永江:若い頃だと、ミシェル・フーコーの『言葉と物』ですかね。20歳ぐらいの頃。装丁が格好良くていいなって思って読み始めたら、「すっげえこの本!」と。あれ、装幀が高松次郎。1960年代の前衛芸術グループ「ハイレッド・センター」の。

河野:高松次郎の「高」、赤瀬川原平の「赤」、中西夏之の「中」、3人の頭文字を並べて「ハイレッド・センター」。「すっげえ!」というのは?

永江:面白かった。最初のところで、中国の古代の分類って、西洋近代とはぜんぜん違うんだ、という話が出てくるんです。その書き方から面白くて。最後は、人間が砂浜に描かれた模様みたいに、波で消えていく。非常に洒落た終わり方をするんですよ。格好いいなと思いました。
あとは、鶴見俊輔さんの本の帯に『まじめな人はこわい』って書いてあったんですよ。これは、雷に打たれた感じでしたね。確かに、世の中で悪いことをする人は、たいてい真面目なんですよ。真面目な人が他人を不幸にする。その帯を読んだ時に、なるべく不良で生きよう、不真面目に生きようって決めました。だから後に出した本のタイトルが、『不良のための読書術』なんです。

あれをぜんぶ読んだんですか

河野:最近だと、どんな本でそういう体験を?

永江:『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ)の鴻巣友季子さんの新訳ですね。自由が丘の坂を上がっていたら、近所に住んでいた作家の姫野カオルコさんが上から降りてきて。「永江さん、鴻巣さんの訳した『嵐が丘』を読みなさいよ、すごいわよ」って言われて。素直なんで、買って読んだら、これも雷に打たれる感じでした。それまで読んだ『嵐が丘』と全然違う。訳が変わるだけでこんなに世界が変わるんだ、と思って。それから新訳というものを意識するようになりました。

河野:翻訳でも古典でも、いまの読者にどうつなげるかというのは大事ですね。今月放送されているNHK「100分de名著」の万葉集の回で、上野誠さんが、「万葉集の歌って、当時の人にとっては日常的なコミュニケーションツールで、いまでいうとLINEを交換するような感じだったのでは」と解説していたんですね。そういう現代に生きている人たちに届く文脈で橋渡しをしてもらえると、ぐっと味わい方が変わってきます。

永江:あと、私は年間のテーマを決めて読むんですね。これまで一番ヒットしたテーマは平家物語。岩波文庫の原文とか参考書とか。あと、橋本治さんの『双調平家物語』とかも読んで…。

河野:あれをぜんぶ読んだんですか。

永江:はい。

河野:変わってますね(笑)。文庫で全16巻。物語が始まるまでに何巻も費やされている。

永江:いやいや(笑)長いですけどね。その長い平家物語を散々味わい尽くしていった結論は、人間、千年経っても進歩なし。千年前と同じような争いを延々やってるっていう、それは絶望的な(笑)。

河野:町田康さんも「おもしろかった」って(笑)。

永江:でも、京都に暮らしてみると、平家物語に登場するところっていっぱいある。近所の白山神社にも物語とつながる由来があって、本の世界と日々の風景が重なっていくんです。

人生の双六の最初のところに、ムツゴロウさんがいた

河野:永江さんは本の中で、中学生時代にムツゴロウさんこと畑正憲さんの『天然記念物の動物たち』から読書が広がっていったと書いておられますよね。

永江:子供の頃から動物が好きで、ムツゴロウさんの本にハマったんですよ。そのムツゴロウさんが、奥さんへの手紙の中に書いていたんです。「自分は作家になろうと思っていたが、諦めた。すごい才能に出会っちゃったから。その名前を覚えておいてくれ、嫌でも知るようになるだろう——それが大江健三郎だ」と。

河野:はい。

永江:それで、ムツゴロウさんが諦めるぐらいすごい才能ってなんだろうと思って、大江健三郎を一生懸命読んで。大江さんはサルトルの研究をしていたと分かって、じゃあサルトルを勉強すればと。矢内原伊作先生というサルトルに詳しい先生が法政大学にいて——そこに行こうと決めました。

河野:大学もムツゴロウさんがサイコロ振ってくれたみたいな感じ(笑)

永江:まさに。人生の双六の最初のところに、ムツゴロウさんがいた、ということですね。

河野:僕も大江健三郎からサルトルへ進んだんです。ただ、それからだいぶ後の話に飛びますが、サルトル全集を出していた京都の人文書院、その編集者だった松本章男さんが著述家に転じて和歌や京都に関する著作をたくさんお書きになりました。縁が思いもかけないつながりを生みました。同じサルトルからでも、伸びる方向は違うんですね。

若冲、富岡多恵子、坂本龍一

永江:河野さんはどうやって本を探すんですか?

河野:ほんとに芋づる式ですね。何かを読んで、そこに紹介されている本、著者が関心を持っているテーマ……そちらに飛んでいくと、また何かにつながって。次々にいろんなところに飛んでいく。乱読って言われる読み方ですけど、それを好んでやってきましたね。あと、信頼できる人のひと言や書評は大きな手がかりですね。永江さんが書いておられるのは責任重大です。

永江:いま出ている『Meets Regional』で、黒川創さんの『若冲川を下る』を取り上げたんですよ。読んでいると、伊藤若冲から富岡多恵子、秋野不矩、秦恒平へと関心が広がっていく。調べるうちに、自分の本棚にもすでにつながる本が何冊もあると気づくんです。一冊を読んでいるはずが、過去に読んだ本や記憶まで次々と結びついていく。そういう面白さがありますね。

河野:僕もその本、永江さんがおもしろいと言うので、この間読んだんです。本当におもしろかった。お付き合いが途絶えてからの富岡多恵子さんの話がたくさん書かれていて、それも興味深かった。

永江:そこに出てくる富岡多恵子の話になったら、若き坂本龍一が富岡さんの伴奏をしていたレコードのことが浮かんで。荒木経惟さんと坂本さんが取材現場で「富岡さんのレコードの時以来だね」と言い合っていた場面が思い出されて——一冊の本から、芋づる式に記憶が蘇ってくる。それが本読みの面白さだと思います。

閉店後の書店で、一冊と出会う

河野:あえて今日は、筋道だって話をしないぞ、と思ってきたんですけどね。これが何か良いきっかけになって、本探しのお手伝いになれば、と心から願って喋ったつもりです。まもなくお店が閉店になりますが——皆さん、ご自由に書棚を歩いて、きょうの一冊を探してみてください。それを持ち寄って、なぜこの本を選んだか、話しましょう。


閉店後の店内で、約20人の参加者が棚の前を思い思いに歩きます。
上を見る人。しゃがむ人。しばらく同じ棚の前に立ち止まる人。しばらくして、それぞれが一冊を持って戻ってきました。

ある人が選んだのは、ふだんなら手に取らない分野の本。 「『真面目な人は怖い』という言葉を思い出して、ふと気になった」とのこと。すると、別の人も同じ本を持っていました。でも、選んだ理由は、ぜんぜん違う。
選んだ本を見せながら、なぜ手に取ったのかを話す「ショー・アンド・テル」。本の紹介を聞いているはずが、いつの間にか、その人が気になっていたこと、その人の関心や記憶の話になっていく。

「本の方から飛び込んでくる」──そうした一冊との出会いがあったのかもしれません。

■イベント情報
2026年10月11日(日)20:00~22:00
大垣書店&lounge 烏丸三条店
永江朗 × 河野通和