社会・産業心理学領域

「人に見られている」の心理学

わたしはカフェで勉強派!
人がいる場所の方が
集中できるのはなぜ?

前田 洋光 准教授
京都橘大学 総合心理学部 総合心理学科

単語を覚えるのはカフェで、
長文読解は自宅で

カフェや図書館など人がいる場所で勉強したら、一人で勉強するよりもはかどったという経験がある人はいますか?逆に、いつもより勉強が進まなかったという人もいるかもしれませんね。心理学的にはどちらもあり得る話です。

他の人がいる場所では、その人が実際に自分を見たり話しかけたりしない場合でも「見られている」意識が生まれ、ある種の緊張状態になるものです。その緊張状態が作業のパフォーマンスを向上させる場合があり、心理学ではこれを「社会的促進」と呼んでいます。いつもより勉強がはかどったのは、人がいることによってこの社会的促進が起きたからです。逆に緊張状態によってパフォーマンスが抑制される「社会的抑制」が起きる場合もあります。勉強が進まなかったのは、人がいることによって社会的抑制が起きたと考えられます。スポーツの試合で緊張してしまい、普段の力が出せないのと同じメカニズムです。

せっかくなら社会的促進を起こしたいですよね?社会的促進が起きやすいのは、たとえば、簡単な作業、慣れた作業をしている時です。ですから、単語を覚える作業などはカフェでの勉強にぴったりだと思います。逆に難しい長文読解の問題を解いたりするのは、誰もいない場所でやった方がいいかもしれません。試合で力が発揮できない人は、試合の雰囲気に慣れるような練習を積み重ねることによって本番で社会的推進を起こせば、普段よりいい結果が出せるかもしれません。

「サボってもいい」と思わせない
環境づくりに心理学を応用

他人や環境が個人に対してどのような影響を及ぼすか、逆に、個人が他人や環境にどのような影響を及ぼすかを解き明かしていくのが社会心理学という分野です。私たちは誰もが一人で生きているわけではないので、人間にとって大きなテーマです。

例として、小学校の掃除当番を思い出してみてください。「みんながやっているから自分は少しくらいサボってもいいかな」という気持ちになったことはありませんか?人が多い環境になればなるほど、「社会的手抜き」と言って、全員が少しずつ手を抜きやすくなるという現象が起こることが、心理学では明らかになっています。サボってしまうのは、性格の問題ではなく、環境の問題なのです。

問題の原因がわかれば、対応策も立てられますね。たとえば、社会的手抜きが起きる原因の一つが「自分の行動の成果が見えないこと」なので、成果が見えるようなシステムを作れないだろうか、と考えることができます。「メンバー同士のまとまりが少ないこと」も原因の一つなので、集団の中で連携を高める工夫をすることも有効でしょう。「社会的手抜き」が起きないようにすることができるのも、また心理学なのです。

家具を自分で組み立てると
価値が上がる?

物を買う時の人の心理を研究することも社会心理学の一分野です。「なぜ売れるのか?」という心理学の知見が、商品の販売やマーケティングに活かされている例もたくさんあります。

「大台割れ効果」は皆さんも知っているでしょう。98円や980円など、大台価格から少し低い価格に設定すると、割引されているという印象から安く感じるというものです。アメリカでは、同じ商品を34ドルより39ドルにした方がよく売れたという例もあるほどです。

「イケア効果」と呼ばれるものもあります。商品を購入した人が、自分で組み立てるなど労力を加えることによって、商品の価値を過大に評価してしまうというもの。「自分で作った」という満足感と、自分の労力を加えたことによって価値が高く評価されたことが、ヒットにつながったと考えられます。

また、一般には消費者が何かを選ぶとき、選択肢が多い状況の方が「選ぶ楽しみ」があるため好ましいと考えられています。しかし、近年の研究によれば、選択肢が多すぎると、かえって購買行動や選択後の満足度が低下することが明らかになっています。この現象は「選択のオーバーロード現象」と呼ばれています。

こうした心理学の「なぜ売れるのか?」の考察は、「どうすれば売れるか?」を考える経済学の分野で広く応用されてきました。今も、心理学の知見が、社会のさまざまな場面で、知らない間に私たちの行動に影響を与えています。そんな視点で社会や自分の行動を見てみるのも面白いかもしれません。

COLUMN

人気のレストランはデザートが美味しい?
「最後が大切」というお話

こんな実験があります。

A:不快な大音量を8秒間聞く
B:不快な大音量を8秒間聞き、続けて不快な小音量を8秒間聞く

AとBの両方を体験した人は、どちらがましだと感じたでしょうか? 答えはBです。

不快な音をAより長く聞かされたにも関わらず、Bの方がましだと感じるのはなぜでしょう。その理由は、人がある経験に対して抱く印象は、「ピーク時」と、最後の「エンド時」によって決まる「ピーク・エンドの法則」によるものです。「ピーク時」の大音量は同じでも「エンド時」に小音量だったBが、よりましな印象として残るのです。この法則は消費の現場でも活かされています。たとえば、人気のレストランはデザートにとても力を入れているものです。それは「最後の一皿」がその店の印象を大きく左右するから。ていねいな見送りをするブランド店、朝食が充実しているホテルや旅館も、「ピーク・エンドの法則」をうまく活かしているのです。皆さんの高校生活も同じ。卒業までの最後の期間に楽しい思い出を作れば、高校生活全体が良い経験として印象に残るでしょう。「終わりよければすべて良し」は心理学的にも正しいのです。

Message

心理学の研究をしていると、人間とはなんていい加減な生き物なんだろうと感じます。でも私はそこに面白さを感じています。そして、そのいい加減な部分を、合理的に考えようとするのが心理学の面白さだと思っています。

たとえば、あるライブのチケットが1万円だったとします。買いに行く途中、1万円を落としてしまったらどうしますか?多くの人は、さらに1万円を出してチケットを買います。でも、チケットを買った後にそのチケットを落としてしまったら?もう一度1万円を出してチケットを買いなおす人はあまりいません。

両方とも同じ2万円を払うというのに、この違いはどういうことでしょうか。冷静に考えればまったくもって不合理です。でも感覚としては「わかるわかる」ってなりませんか?この感覚を合理的に説明するという心理学のスタイルが、私はとても好きです。人の不思議さを真剣に追求できる学問だと思います。

大学で何をやりたいかがわからない人にもおすすめです。心理学は人の心を探究する学問ですが、他のどんな学問領域にも、必ず人が関わっているからです。私の専門領域である消費者行動の研究は、経営学や経済学の領域と密接に絡んでいます。発達心理学は教育学領域と深く関わっています。大学に入学して、他に興味が持てる学問領域が見つかったとしても、心理学を切り口にしてその領域を見ることによって、独自の視点を得ることができるのではないかと思います。

前田 洋光 准教授

京都橘大学 総合心理学部 総合心理学科

専門分野
心理学, 社会心理学, 消費者行動研究

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