コラム

情報学教育研究センター開設記念講演会

人間とAIが溶け合う未来について考える

「AIは世の中をどう変えるか
-産業・文化・教育などへの影響-」

情報学教育研究センター
開設記念講演会

人間とAIが溶け合う
未来について考える

「AIは世の中をどう変えるか-産業・文化・教育などへの影響-」

松原 仁
京都橘大学工学部 教授、情報学教育研究センター長

■Profile
東京大学大学院情報工学専攻博士課程修了。 通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現産 業技術総合研究所)、公立はこだて未来大学教授、 東京大学教授を経て、2024年4月から京都橘大学教授。 専門は人工知能。ゲーム情報学、観光情報学研究に取り組む。 人工知能学会元会長、情報処理学会副会長。 『AIに心は宿るのか」(集英社インターナショナル)など著書多数。

情報学で世界を変えるー。京都橘大学は関西屈指の情報教育研究拠点をめざし、 2026年4月デジタルメディア学部(仮称)、工学部にロボティクス学科(仮称)、健康科学部に臨床工学科(仮称)を設置する予定です(*)。 また、これに先立って2023年10月には情報学教育研究センターを開設、2024年4月には情報学研究科を新設しました。
このように学びの環境を拡充する中、人工知能学会元会長・情報処理学会副会長の松原仁先生を工学部情報工学科教授、情報学教育研究センター長として迎えました。
松原先生がロボットの研究を始めた学生の頃は、まだロボットに積み木を認識させているような時代だったそうです。 それでも、「鉄腕アトムのような汎用AI」を実現させたくて研究を続けてきました。
いまではAIは多くの人が関心を持つ研究分野になりました。松原先生が考えるAIの未来は、どのようなものなのでしょうか。 情報学教育研究センター開設を記念した講演会「AIは世の中をどう変えるかー産業・文化・教育などへの影響ー」をもとに、AIと共にある社会に思いをはせてみます。
(*)2026年4月開設予定(設置構想中)。計画内容は予定であり変更することがあります。
AIが生み出した手塚治虫の「新作」
2016年3月、ある文学賞への応募作品が一次審査を通過したというニュースが話題になりました。受賞したわけでもないのに、なぜでしょう。 実は、応募作品を書いたのが人間ではなかったからです。
SF小説の名手、星新一の名前を冠した星新一賞の一次審査を通過したのは「きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ」というチーム。率いていたのが松原先生でした。
星新一の娘の星マリナさんの許可を得て星新一のショートショート約1,000作品をすべて解析し、生み出したのが『コンピュータが小説を書く日』。AIが書いたものだということは伏せ、「有嶺雷太」という名前で応募したところ、一次審査を通ったのでした。
このプロジェクトは、いまも続いています。入賞するには四次審査まで通過しなくてはならず、まだこの壁を突破できていないからです。

松原先生はAIに漫画を描かせる研究もしています。「漫画の神様」と言われた手塚治虫の息子さんやお弟子さんの協力を得て、手塚治虫の全作品をAIに学習させた上で漫画を描かせる「Tezuka2020」というプロジェクトです。AIが新しいキャラクターとシナリオの候補を作り、それらをもとにプロの脚本家と漫画家が作成。2020年に『ぱいどん』というタイトルで発表されました。
ただ、漫画が出来たのは最近話題の「生成AI」がなかった頃。AIが果たした役割は1割で、残り9割は人間の作業でした。
そこで「リベンジ」として、手塚の『ブラックジャック』の新作を生み出すプロジェクトに取り組みます。画像生成AIも使って作り上げた作品が2023年11月に漫画雑誌に掲載されました。インターネット上では「手塚先生が存命なら、こんな漫画は描かない」という批判もあったそうですが、松原先生は「おっしゃる通り」と意に介する様子はありません。

さて、『ブラックジャック』の新作を作るために使った生成AIは、それまでのAIとどう違うのでしょうか。松原先生によると、以前のAIが「認識」だけしていたのに対し、生成AIは文字通り「生成」もできるようになったのが特徴です。
たとえば運転中、障害物が前にあると運転手がブレーキをかけなくても車が障害物を感知して止まってくれる車があります。また、AIを搭載したスピーカーに「音楽を流して」と話しかけると、音楽を流してくれるものもあります。これらには「認識」する技術が使われています。
一方、生成AIは認識するだけではなく、新たなものを作り出すこともできます。
ChatGPTは「1歳」
みなさんはChatGPTを知っていますか?使っている人もいるかもしれませんね。
ChatGPTは、人間が入力したことに対して関連する情報を返してくれます。たとえば「1+1は」と聞くと「2」のように。でも松原先生によると、足し算を理解しているわけではないそうです。
ChatGPTは様々なデータを学習しています。「1+1」と関連して学んだ答えは「2」なので「1+1は」と聞かれたら、統計的に最も正しそうなデータとして「2」と答えます。もし「1+1=3」というデータを大量に学習してしまったら「3」と答えてしまうかもしれません。ただ、この欠点を補うため、最近の生成AIは論理的な推論をするようなものもあるそうです。

生成AIを生み出したのは「ディープ・ラーニング(深層学習)」という技術。人の脳は神経細胞が繋がりあって神経回路を形成しているので、コンピュータにも神経回路のようなものを入れたら知能を持てるのでは?という考え方が1950年代に出てきて、研究が始まりました。そして、神経回路のようなものを入れたコンピュータに大量に情報を学習させました。そのコンピュータに何かを問いかけると、穴埋め問題を埋めるように関連情報を答えてくれます。「こんなに単純な仕組みで良い応答ができるはずがない、と直感的には思う。でもChatGPTは賢い応答をするので、AI研究者はみんなびっくりしたというのが正直なところです」と松原先生は話します。

ChatGPTについて松原先生は「まだ発展途上の技術。せいぜい1歳」といいます。欠点が見つかると、そこを修正しながら成長させています。同じような経過をたどって生活に浸透したのが自動車です。自動車が発明された頃は免許制度もないし、走行ルールもありませんでした。でも、車は便利なので自動車メーカーが次々に生まれ、ルールも整備されました。いまだに車の事故は起きていますが、メリットがデメリットを上回ったために世界中に広がりました。松原先生は「生成AIもメリットが非常に大きいので、ルールを作りながら使っていくことになる」と考えているそうです。
思考と教育に与える影響は
「1歳」の生成AIにはいくつもの問題点がありますが、間違いが見つかると修正されるなど、対処も進んでいます。しかし、生成AI側の問題ではなく、人間側が付き合い方を考えるべき点もあります。たとえば、思考や教育に与える影響です。

教育に関して松原先生が挙げたのは、ワープロの登場によって漢字を書けなくなった経験でした。漢字を書く機会がなくなったことで漢字を忘れてしまったように、文章を書かなくなることで思考が衰えてしまうのではないか。「この危険について、どうするか」と松原先生は問いかけます。

ちなみに「AI レポート」と検索エンジンに入力すると、予測変換として「作成 バレる」という言葉が表示されました。レポートの締切が迫り、あわててAIに書かせようと思う人が多いのかもしれません。大学で教鞭をとってきた松原先生は「防御方法はない」といいます。文章を書いたのが人間なのかAIなのかを見分けるAIができると、それに対応して、人間が書いたかのように騙すAIも登場したそうです。 「イタチごっこになるので、禁止しても仕方がない。文章の執筆能力を高める必要がある小学生は別として、大学生のレポートには使ってもいいと個人的には考えています。ただ、文章の責任は執筆者本人にあることをしっかり理解することが必要です」
新たな創作の可能性
産業や文化に与える影響は、どうでしょうか。
翻訳や要約はAIの得意分野です。英語で書く必要がある研究論文について、最近はAIを使う研究者が増えているそうです。最終的に人間の目でチェックする必要はあるものの、松原先生は「私には逆立ちしても書けない、ネイティブ系の英語を書いてくれます」と笑います。

情報系も得意です。パイソンやCなどの言語を指定してプログラムを書かせると、「さくさくと書いてくれる」そうです。松原先生は「今後はプログラマーは0から書くのではなく、まずAIに下書きをさせて、それに手を入れるようになっていくと思います」と予想します。

また、AIは典型的な質問に答えるのが上手なので、アメリカの司法試験や医師国家試験、日本の医師国家試験で合格ラインに達しました。ただ、日本の司法試験ではまだ合格レベルには達していません。これには、AIが学習した情報が英語のものが多いという背景がありそうです。病気や薬に関する情報は日米で大きな違いはなく、英語の情報を日本語に訳したものでも対応できます。でも法律制度に関しては日米で異なるため、まだ合格できていないのではないか。これが松原先生の分析です。

ただ、医師国家試験で合格レベルに達したからといってAIに手術ができるわけではありません。松原先生いわく「生成AIは体がないので、空間認識能力が弱い。人間なら『ちょっと左の後ろ』と言われたら大体感覚が掴めるけれど、AIにはそれがわかりません」。
AIと人間が融合していく未来
「AIが人の仕事を奪う」と危惧する人もいると思います。
AIが翻訳できるようになったことで、翻訳家は以前のように全てを読み解くのではなく、AIが訳したものを確認する仕事が増える可能性があります。

一方で、生成AIを使って小説を書いたりイラストを描いたりする人も出てきています。松原先生は「人間だけではできなかった創作が広がるかもしれないし、エンターテインメントの作り方や楽しみ方が広がる可能性があります」。さらに「生活全般が変わるから、仕事と余暇の関係が変化していくことにも繋がっていくのでは」とAIとの未来について語ります。

AIを人間に対する脅威だと捉える考え方もありますが、すでに私たちの生活にはAIが深く入り込んでいます。将棋やゲームの相手だけでなく、会話の相手にしている人も出てきています。 松原先生は、人間とAIやロボットがしなやかに融合していく未来を思い描いているそうです。 ただ、そのためには人間がAIをコントロールしていかなければなりません。AIと共に生きる社会では、これまで以上に「人間」について考える時代にもなりそうです。

人間とはなにか。自分とはなにか。この問いを自問自答しながら、AIやロボットと共生する生活を楽しんで創り出していくことが、新しい未来につながっていくのでしょう。