健康・福祉心理学領域

「やめられない」の心理学

スマホがないと落ち着かない!
勉強中でもスマホを
触ってしまう
のはなぜ?

岸 太一 准教授
京都橘大学 総合心理学部 総合心理学科

「やめられない」の心理学

テスト前で勉強しなくちゃいけないのに、ついついスマホに手が伸びてしまう。お風呂やトイレでもスマホを手にしていないと落ち着かない。そんな人は多いのではないでしょうか?

それは、心理学的に「依存」や「嗜癖しへき(アディクション)」と呼ばれる状態の第一歩かもしれません。「依存」と言うと、薬物依存、アルコール依存など、恐ろしいものを想像するかもしれません。ですが、スマホであっても、買い物やゲームであっても「やめたいのにやめられない」状態で、生活に支障が出ていることを、心理学では「依存」や「嗜癖」と呼んでいます。高校生の皆さんがスマホに時間をとられて勉強ができず、成績が下がったとしたら、生活に支障が出ている状態ではないでしょうか?

そんな人を注意しようというのではありません。人は誰しも、多かれ少なかれ「依存」をしてしまうもの。私もなんでもかんでも心理学と関連付けて考えてしまう「心理学依存」かもしれません。ここでは、なぜ人は「依存」してしまうのかを、心理学によって考えてみたいと思います。

※嗜癖:その人にとって利益をもたらしていた習慣が、自己調節機能を持たずに続けられた結果不利益をもたらすことになったにもかかわらず、その習慣が自動化し制御困難になった行動。

理由の一つは学習心理学の「効果の法則」によるものです。スマホを使ってゲームやSNSができたり、動画が見られたりすると楽しいですよね。このように、ある行為によって「いいこと」「心地良いこと」が起こると、その行為は繰り返し繰り返し行われるようになります。これを「効果の法則」と呼びます。「やるといいことがある」ので、やってはいけない場面、たとえば試験前とか授業中でも不快なことがあると、楽しい気持ちになりたくて「やめられない」状態になるのです。

もう一つは「自己治療仮説」という考え方です。日常生活で不安を抱えていたり、自分自身を価値のある人間だと思えなかったりするのはつらいですね。そのつらさから逃れるために、物や行為などに頼ってしまうというものです。この場合、スマホを触っていること自体に意味があり、スマホで見る動画やゲームが楽しいかどうかはあまり関係がありません。「こころのスキマ」を埋めるための行為をやめるとそのスキマだけが残り、むなしさなどを感じてしまい、その結果として「やめられない」状態になるのです。

「依存」に陥るケースの多くは、上の二つの理由のどちらかだけではなく、両方が関係していることが多いです。そして、意志の強さとは関係がないこともわかっています。「意志が弱いから無理」なんて思わずに、人間の心の仕組みを理解し、うまく利用することによって、なりたい自分、望ましい生活に近づけるようにすると良いのではないでしょうか。

たとえば、スマホ以外にも「これをやると楽しい」「心地いい」ものをたくさん作れば、スマホがなくても落ち着かなくなることはないでしょう。また、人と話したり笑い合ったりして感情を満たすことは、自分の価値を認め、不安を軽減することにつながります。部活動や勉強を頑張ったりすることも同じ。こうしてスマホに触れていない時間を増やしながら、自分にとってのマイナスを少しずつでも埋めることができるようになれば、自然とスマホへの依存も少なくなると思います。

「やめられない」ことと、意志の強さには関係がないという話をしましたね。「依存」に陥ると、脳の「報酬系」と呼ばれる部分が反応してしまうのです。それは意志の力では抑えることができない反応です。詳しい仕組みはぜひ授業で学んでください。人間の意志と脳の関係について探求できるのも、心理学の面白さの一つだと思います。

COLUMN

「次は当たる!」人の身勝手な
「期待」の話

アイスの当たりのように、買った数にほぼ比例して当たりが多くなるものと違って、欲しいものが連続で手に入ることもあれば、何回やっても手に入らないこともあるスマホゲームのガチャのようなものは「依存」を生みやすいと言われます。それは、ハズレ続けた末にたまに当たると、定期的に当たるよりもさらに大きな喜びがもたらされるからです。学習心理学で「変率強化」と呼ばれるものです。

当たれば「次も当たるかもしれない」という期待を持ってしまい、逆にハズレ続けていると「次は当たるかもしれない」という期待で課金を続けてしまいます。勝手な「期待」を捨てきれない人間の心理です。ダメな彼氏と別れられない人の心理も同じです。受け入れられないところがあり、別れたいと思っても、たまに良い面をみられると「こうすれば良くなるかも、理想の彼氏でいてくれるかも」という、これまた勝手な「期待」が捨てられず、ズルズルと付き合い続けてしまうのです。このように、「不定期に訪れる『いいこと』」がもたらす快楽は大きく、人はそれを求めて勝手な「期待」をしてしまうということです。

Message

心理学を学ぶと人に優しくなれます。それは「どんな行動にもその人なりの理由がある」と考えられるようになるからです。身近な人の不快な行動にも腹を立てたりキレたりすることなく「まあ仕方ないな」と思えるようになれると思います。

例えば、バスを降りる乗客が運転手さんに「ありがとう」と言いながら降りていく場面で、運転手さんが、自分の前の乗客には何かしらの返答をしているのに、自分に対してだけ何も返答がなかったら、えっ?と思いますよね?私もそうです。でもそこで「なんで返事しないんだ!」ではなく「どうして返事しなかったのかな?」と考えるスタンスをとります。「聞こえなかったのかも」「みんなが『ありがとう』って言ってるから、全員に同じようには返事できなくて、色々考えた上で黙ることにしたのかも」など、その人にとっての妥当な理由があるのかなと考えるのです。人がなぜその行動をするのか、そう考えるのかを理解しようとするのが心理学です。

心理学は、良し悪しを一旦横に置いて、その行動の奥にある心の動きをのぞきこみ、理由をフラットに考える学問だということです。極端な話、どんな理由があっても罪を犯してはいけません。良し悪しを排除して人間の心と行動を考えるからこそ、社会の中ではどんな行動が望ましいのか、望ましくない行動を抑制するためにはどのようなルールが必要なのかを考えることにもつながる学問なのだと思います。

岸 太一 准教授

京都橘大学 総合心理学部 総合心理学科

専門分野
心理学,臨床心理学

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