発達・教育心理学領域

「表情」の心理学

本当は悲しいのに、
それを隠して笑顔を
作っちゃう。
感情と表情の矛盾は
なぜおこる??

柴田 利男 教授
京都橘大学 健康科学部 心理学科

世界中どこでも、どの文化でも、幼稚園児の年齢から「感情偽装」をする

クラスでいつも一緒にいるグループ。いまいち話が合わなくてつまらない時も、笑顔をつくって楽しそうにふるまってしまう。そんな経験はありませんか?中には「私、正直じゃないのかな?」と思ってしまう人もいるかもしれません。悲しいのに笑顔を作る。逆に、嬉しいのに笑顔を隠す。心理学で「感情偽装」と呼ばれるものです。感情と表情が矛盾している状態です。

そもそも「表情」とは何でしょう? どうやって身につけるのでしょう? その答えは感情の発達プロセスにあります。生まれたての赤ちゃんは、顔の表情を意図的に動かすことはできません。成長していくうちに、おむつが濡れて不快になり、しかめ面になったら大人があわてておむつを替えてくれた。快適になり、筋肉をゆるめたら大人が「気持ちがいいのね」と喜んでくれた、といった経験を繰り返すようになります。その中で、自分の顔の筋肉の動きと周りの状況を結びつけて「不快な時はこんな顔」「快適な時はこんな顔」と認識するようになるのです。感情が表情を作るというよりも、状況によって身体の反応としての表情が意味づけられていくと言う方が近いでしょう。

その後1歳くらいになると、状況に応じた表情を自分で作ったり、周囲の人の表情から状況を読み取ったりすることもできるようになり、幼稚園児の年齢になると、表情に「嬉しい」「悲しい」など言葉によるラベリングができるようになっていきます。

「期待はずれのプレゼント」と呼ばれる実験があります。最初にお話ししたような経験を子どもにしてもらう実験です。親戚のおじさんが誕生日におもちゃをくれた。でもそれはすでに持っているものだったという状況を紙芝居で見せ「この時あなたはどんな顔になりますか?」といくつかの表情のイラストを提示すると、幼稚園児であれば、ほとんどの子どもは笑顔を選びます。本当はがっかりしているけれど、おもちゃをくれたおじさんの前では自覚的に「感情偽装」をします。世界中、文化の違いがあっても結果は同じです。それが人間としての自然な発達なのです。

心の健康にも応用できる「感情偽装」。
でも長く続けるのはストレス

臨床心理学の分野に、落ち込んでいる人の気持ちを明るくする方法に関する研究があります。その方法の一つが「鏡の前で笑顔をつくる」というもの。表情とは、状況に応じた身体の反応が先にあって、それが感情と結び付けられたものだという話をしましたね。「鏡の前で笑顔をつくる」のは、落ち込んでいる時に、実際とはまったく逆の身体反応を意図的に作り、脳をだますことによって感情を変えてしまおうという試みで、一定の効果も上がっています。「感情偽装」をポジティブに利用したものといえるかもしれません。

しかし、感情と身体反応の矛盾を長い間ごまかし続けるのは逆にストレスになります。ファストフードやテーマパークのスタッフなど、ずっと楽しそうに笑い続ける必要がある仕事は「感情労働」とも呼ばれ、大きなストレスが生じることが問題となっています。また、そんなに親しくない友達といる時、自分の感情を抑えて楽しいふりをするのがしんどいと感じている人もいるかもしれませんね。

この種のストレスを解消するには、感情をストレートに出せる場所や状況が必要です。心の許せる友達と気を遣わない時間を過ごすのもいいでしょう。家に帰ってまで無理に機嫌よくする必要もありません。同じように、仕事から帰ってきた家族が多少不機嫌な様子でも「大変だったんだな」と思ってあげてほしいと思います。

COLUMN

動物に感情はある?

家で犬や猫などのペットを飼っている人は、彼らにも嬉しい顔や怖がっている時の顔があることを知っていると思います。そういう意味では動物にも「感情はある」と言えるでしょう。

ただ、人間が「怖がっている」と感じる時の動物の表情は、恐ろしい「状況」と、逃げるという「行動」が結びついた結果にすぎません。「怖い」という感情を自覚しているわけではないので、そういう意味では「感情はない」といえると思います。

動物は、恐ろしい状況が起こると、逃げるために身体を動かさなければなりません。その時に筋肉や骨格が緊張し、連動して顔の筋肉も一定の動きが起こります。それを見て人間が「怖がっている」と解釈しているのです。

進化論で有名なダーウィンは、野生の動物が餌を食べ、満腹になってゆったりしている時の顔の筋肉の動きと、人間が幸福感を感じている時の顔の筋肉の動きがほぼ同じだということを観察記録に示しました。ペットは喜んでいるに違いない思うのは人間の勝手ですが、彼らは人間のように「遊ぶのは楽しいな」「ごはんは美味しいな」と自分で感じているわけではないということです。

人間も、生まれたての時は感情を自覚していませんし、意図的に表情を作ることもできません。しかし、その後の脳の発達の仕方が動物とは全く違います。身体の反応を大脳の新皮質という部分がフィードバックすることによって「私は怒っている」「今、とても幸せだ」ということを自覚できるようになっていく、それが人間にしかない「感情」の正体です。感情と脳の働きの関係を探るのも、心理学の分野の一つです。

Message

久しぶりに親戚と顔を合わせた時、小さいと思っていたいとこや甥っ子、姪っ子が、見違えるように成長していてびっくりしたことはありませんか?特に子ども時代の変化は大きいですよね。私の専門分野である発達心理学の面白さは、観察する対象が変化していくことだと思います。「何が変わったんだろう?」「どうして変わったんだろう?」という変化を追いかけるのが面白いのです。一人の人の歴史を追うという意味では、もしかしたら歴史学に近いかもしれません。しかも過去の遺跡や史料を追うのではなく、目の前で、しかもリアルタイムでその人の歴史を追えるのが発達心理学の醍醐味だと思います。

自分自身について考えてみてください。小学生の時の自分と今の自分は、見た目も、やっていることも、考え方も変わったと思います。でも、どちらも同じ自分。身体の変化、言語など能力面の変化、環境の変化など、さまざまな変化があった中で、自分の精神や行動がどう変わったのか、それぞれの変化がどう結びつき、影響を与え合ってきたのか。こんな話に興味のある人なら、発達心理学の分野はとても面白いと思います。

柴田 利男 教授

京都橘大学 健康科学部 心理学科

専門分野
教育心理学, 実験心理学, 社会心理学

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