行動・脳科学領域
「モチベーション」の心理学
私のやる気スイッチは
どこにある?!
坂本 敏郎 教授
京都橘大学
総合心理学部 総合心理学科
行動を積み重ねると脳が変わり、こころも変わる
今の自分を変えたい。明日から本気を出して「なりたい自分」になりたい。そう思っている人は少なくないでしょう。自分のどこかに隠れている「やる気スイッチ」を見つけたい、そう願っている人もいるかもしれません。
残念ですが、1日で自分がガラッと変わるようなスイッチはありません。でも、ちょっとした行動の積み重ねによって、誰でも自分を変えることはできるし、未来も変えることができます。
その理由は、脳行動科学で説明ができます。心理学とは、人の行動からこころの働きを考える学問ですが、脳行動科学は、それに加えて脳内の物質の変化からもこころの働きを考える領域です。人間の脳は場所によって機能が分かれていますが、意欲、忍耐力、自己肯定感、社会性、創造性などをつかさどる「前頭前野」とよばれる部分は、20歳頃まで成長を続けるということがわかっています。皆さんの身長はこれから急激に伸びることはないと思いますが、脳の機能はまだしっかりと育てることができます。
なにかをやり遂げるには、「やる気」や「気合」が大切だと思っているかもしれませんが、そんなことはありません。むしろその逆で、行動を少しずつ積み重ねることで、脳が変化し、こころの状態も変わって、やる気や自信がわいてきます。「小さな行動」から脳やこころを育てることができるのです。では、心理学の知見を活かした「自分の変え方」をご紹介しましょう。
「なりたい自分」になる具体的な方法
① 目標を決める
「なりたい自分」とはどんな自分か、細かく、具体的に書き出してみましょう。将来の大きな目標と同時に、1年後、そして明日の目標も決めましょう。書くことは考えを整理することにつながり、こころの健康を保つことにも役立ちます。
② 目標到達のための具体的な行動を決める
目標に向けて、どう行動するかを考えましょう。この時、「志は大きく、一歩は小さく」が大切。将来の目標に向けて今できる具体的な行動はなんでしょう? たとえば「英語を話せるようになりたい」という大きな目標があったら、1年後にはTOEICで何点をとると決め、明日から朝7時に起きてアプリで10分勉強するなど、具体的な「小さな行動」を決めましょう。
③ 決めた行動を継続する
目標に到達するためには、行動を積み重ねることが重要ですが、これが1番難しいと感じている人も多いと思います。未来の自分を想像しながら、まずは行動を積み重ねることに集中しましょう。大切なのは最初から結果を期待しすぎないということ。結果は後からついてきます。途中で楽しみを見つけるのもいいと思います。勉強が終わったらおやつを食べるとか、動画を見るとか、自分へのごほうびをうまく使うとよいでしょう。
それでも続かないという場合は、②で決めた行動に無理がないかをもう一度見直しましょう。「フルマラソンを完走する」という目標で、いきなり1時間走るのは難しいです。でも10分早歩きするなら無理なくできそうです。そして、10分の早歩きを1週間続けていたら、物足りなく感じて、次は軽く走ってみよう、もう少し時間を伸ばしてみようと思うようになります。人間のこころには、安心して楽しく行動できる範囲「コンフォートゾーン」を広げたいという欲求があるからです。こうして少しずつ自分の「コンフォートゾーン」を広げていくと、無理なく、楽しく、行動を継続できると思います。
このように、小さな行動を繰り返すことで、脳が変わり、結果がついてくるとこころも変わり、前向きな気持ちでさらに行動を継続できるというプラスの循環が生まれます。これが「こころをコントロールする」ということにつながります。
20歳を過ぎて脳の成長が終わっても、人間の脳は行動によって変えることができます。ある研究では、複雑な道が入り組んだロンドンで長年タクシー運転手をしている人は、記憶をつかさどる脳の海馬という部位が、普通の人より大きいことが明らかになっています。「脳は変えられる」「自分は変われる」。このことを理解して小さな行動を積み重ねていけば、未来は大きく変わっていくかもしれません。
COLUMN
「ほめて育てる」の落とし穴
やる気を引き出す方法として「ほめて育てる」ことがいいと言われています。もちろん、いいことの方が多いのですが、注意すべきポイントがあります。ほめることで逆にやる気をなくす場合があるからです。
ゲームが大好きな人に、ゲームをしたらお金をあげるとしましょう。最初は嬉しいですよね。好きなことをやってお金がもらえるのですから。でも、その後お金がもらえなくなったら、その人のゲームをすることへのモチベーションは下がってしまわないでしょうか。
楽しくて自分から勉強している子どもに「えらいね」とほめたりするのも同じです。自分が好きでやっていることなのに、ほめられると自分の行動をコントロールされているように感じてマイナスの効果が生まれることがあるのです。
中学生くらいになると、親に「勉強ができてえらいね」とほめられ続けると、親を喜ばせるために勉強しているのかな、と感じるにようにもなります。そうすると、成績が下がることにプレッシャーを感じたり、難しい課題へのチャレンジを恐れたりするようになってしまいます。
不用意にほめて、本人のやる気を下げてしまわないためには、その人の行動をよく観察して、特定の行為を具体的にほめること、ほめるよりも一緒に喜ぶ姿勢で接することなどが大切かなと思います。「ほめる」ことは、実は奥が深く、難しいことなのです。
坂本 敏郎 教授
京都橘大学 総合心理学部 総合心理学科
専門分野
実験心理学, 行動神経科学
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漫画
「スラムダンク」(21巻#183「メガネ君」の章)
集英社(ジャンプコミックス)/井上 雄彦 (著)