京都橘大学には「救命率の向上」のために研究を行うチームがある。それが「早期PAD実現のための研究ユニット」。同ユニットはフィールドワークによってAEDマップの課題を見つけ、解決するアプリ開発に取り組んでいる。議論の結果、辿り着いたのは「さんぽアプリ」という意外なアイデアだった。救命×工学の連携によって広がる可能性について、救急救命学科の関根先生と情報工学科の吉田先生に語ってもらった。
京都橘大学には「救命率の向上」のために研究を行うチームがある。それが「早期PAD実現のための研究ユニット」。同ユニットはフィールドワークによってAEDマップの課題を見つけ、解決するアプリ開発に取り組んでいる。議論の結果、辿り着いたのは「さんぽアプリ」という意外なアイデアだった。救命×工学の連携によって広がる可能性について、救急救命学科の関根先生と情報工学科の吉田先生に語ってもらった。
学校や駅、街中に設置されているAED(自動体外式除細動器)。 もし誰かが心肺停止になった時、5分以内にAEDを使用することで生存率が上がると言われているが、救急車の到着までには平均10.3分かかる(※2)。つまり、ただ救急隊を待っていては間に合わないケースが多いということだ。そこで、一般市民がAEDを使用し早期除細動を行うPAD(Public Access Defibrillation)実施率の向上が求められている。高齢化が進み、ますます救急要請が増えると見込まれる中、PADをいかに実現するかが、人命救助の鍵を握っているのだ。
心肺蘇生講習「たちばなPUSH講習会」を積極的に開催する救急救命学科長の関根和弘教授は「日本は世界有数のAED保持国ですが、PADとしてほとんど有効活用されていません。一般市民がAEDを使用するのは全体の4%。 その4%も医療従事者がたまたま非番の時に使用しているケースがほとんど」とその現状を話す。AEDが必要な時に使用可能な環境が整備されており、誰もがAED使用を行える準備が整っている。そうした未来を実現するため、「たちばなPUSH講習会」を京都橘大学全学に向けたプログラムとして開催。また、AEDは大学構内のどこにいても5分以内にアクセスできるよう各所に配置されている。
※1 『市民による AED 等の一次救命処置のさらなる普及と検証体制構築の促進および二次救命処置の適切な普及に向けた研究』 分担研究報告書(令和4年度)
※2 総務省消防庁が公表した「令和5年版 救急・救助の現況」
京都橘大学が位置する京都府山科区には3種類のAEDの配置マップが存在する。関根先生が学生とともに300近いAEDの配置場所に足を運んで調査したところ、各マップの情報に齟齬があることがわかった。緊急時のPAD実施率を増やすためには、大前提としてAED設置場所の正しい情報提供が必要だ。そこで、マップを修正することはもちろん、常に最新の情報を掲載するため、関根先生は情報工学の力に着目。情報工学科の吉田俊介教授に相談を持ちかけ、AEDの現況を調査しつつ、いざというときに市民が利活用できる仕組みをつくり上げるべく、「早期PAD実現のための研究ユニット」を立ち上げた。
AEDの課題を聞いた吉田先生は「単純にコストをかけた仕組みでは持続性がありません。それをITやDXで解決することがエンジニアリングの力だと思います」と、社会課題解決に向けたユニット研究に身を乗り出した。持続的なマップ更新をするために、どんなアイデアがあるだろうか?学生たちとディスカッションした際に挙がったのが、市民参加型のDXという観点だ。「開発者が常に最新の情報を取得し、更新するというのは持続的ではありません。そこで、マップの更新のために、散歩をテーマにしたアプリを作ってはどうかというアイデアが出てきました。ある地点から別の地点まで歩き、その区間内にあるAEDが正しく配置され、作動しているのかをチェックするというものです。「散歩」というテーマを入れることで、ユーザー自身も健康になるし、他者や社会全体の健康にもつながります。誰にとっても嬉しいかたちで参加できる設計が、持続可能性を生むのです」。
研究テーマや課題、そしてその解決方法を見つけるためには、机に向かって勉強するだけではなく、海外旅行や普段の遊びのなかでも感性を磨き、見解を深めるために外に出ていくことが大切だ。吉田先生は「工学で解決できる課題って本当にたくさんあるんです。普段の生活の中に見逃している課題が必ずあるので、机にかじりつくだけが勉強じゃないということを学生に伝えたいです。今回関根先生とユニット研究をしたことで新しいアイデアやシナジーが生まれました。学生も学びの異文化交流をしてほしいですね」と話す。
より良い課題解決方法を模索しながら進める「早期PAD実現のための研究ユニット」。アプリができたらまずは学内でトライアルを行い、大学が位置する山科区の地域の人々に使ってもらいながら「ゆくゆくは全国展開を目指したい」と関根先生は熱を込める。医療と工学が交差した研究が、未来の「健康な社会」をつくり出そうとしている。
「考古学の醍醐味は、“本物“との出会いにあります」。目を輝かせながら研究の魅力を語る歴史遺産学科の南先生は、AIや水中ドローンを活用した最新の調査方法によって、学生たちと共に琵琶湖の底に眠る坂本城の調査を行っている。ロマン溢れる水中考古学の世界に触れてみよう。
考古学のなかでも、水中考古学を学べる大学は全国的にも数少なく、京都橘大学はその中のひとつ。水中考古学を専門とする文学部歴史遺産学科の南健太郎准教授は、過去に琵琶湖で水中遺跡の調査を行っていた際に、驚くべき経験をしたという。潜水する前は、水中に何があるかもわからない状況。しかし、実際に潜ってみると、自然には存在しないはずの大きな石や、かつてそこに存在していた坂本城の瓦や、同時代に使われていた土器が沈んでいるのを目の当たりにしたのだ!その瞬間、「500年前のものが目の前に現れたかのような感覚」を覚え、さまざまな調査を経験しているにも関わらず、「はじめて土器を見た時のように感動した」そう。そしてそれは単なる過去の時代の発見にとどまらず、現在、そして未来の社会へのヒントになっていく。南先生はこうした未知の発見、歴史的な現場に立ち会えることが考古学の魅力であると熱弁する。
考古学は自然科学や文化人類学など、多様な分野と連携しながら歴史理解を目指す学問。他分野の研究者との協力はもちろん、近年はAI技術やドローンの力をいかに活用していくかが重要視されている。特に水中考古学ではテクノロジーとの融合によって大きな可能性がひらかれる。実際、3次元データやAIを活用することで、海流や地形データからこれまで発見できなかった遺跡や沈没船がある場所を予測できるようになるというのだ。水中は陸上よりも研究の歴史が短い分、未知の発見に出会う可能性が高い。
京都橘大学での歴史遺産の学びの中で南先生が最も重視しているのは「本物に出会う経験」。インターネットで調べるだけではなく、実物を前に、五感を研ぎ澄ませ、理解する。その経験は考古学だけでなく、あらゆる学問において力を育む源泉になると力説する。「インターネットで古墳の大きさを知っていたとしても、周辺の環境や状況を目の当たりにしなければ真の理解は得られません。自分の手で測量し発掘するという現場の経験が考古学の醍醐味ですね」。
高校時代から水中考古学に触れ、水中調査にも取り組んできた同学科の羽間さんが京都橘大学に進学を決めたのは、南先生の元で学びたいという強い思いからだった。ゼミでは南先生が取り組む坂本城の調査を共に進める中で、専門知識や器具の使い方を学び、「遺跡の情報を正確に記録する」「測量をして地形の図面を書く」といった作業を経験。それらを通じて改めて研究の楽しさに気づいたという。また、南先生のゼミ生たちは、研究に紐づく江戸時代の生活を体験するイベントを開催するなど、自主的に五感で学ぶ姿が見られる。
実践力を育み、学びの楽しさを体感できるのが南先生の目指す考古学だ。分野を越えて進められる研究の先に、きっとまだ見ぬ大発見が待っているはず。
工学部情報工学科4回生の木村遥敬さんが挑むのは、災害時の救命活動「トリアージ」を学べるアプリの研究・開発だ。情報工学科の大場先生と看護学科の野島先生の助言を得て、シンプルなパズルの仕組みを活用した革新的な学習システムを生み出した。学部の垣根を超えた京都橘大学ならではの研究が、誰もが簡単に、本格的なトリアージ訓練ができる未来を切り開こうとしている。
工学部情報工学科4回生の木村遥敬さんは、3回生の時から、傷病者の緊急度や重症度に応じて治療や処置の優先順位をつける「トリアージ」を学べる災害看護教育支援システムの研究に打ち込んでいた。なぜ、情報工学科の学生が?それも3回生の時から?その背景には「並べ替えパズルアプリを応用すれば、医療や看護の領域で役立つのではないか」という情報工学科の大場みち子教授からのアドバイスがあった。その言葉をヒントに木村さんは研究テーマを模索していったという。
当時の木村さんにとって災害看護は未知の分野。あらたな領域の研究に飛び込むことに不安はあったが、京都橘大学は医工連携しやすい環境が整っている。それならばと、木村さんはすぐさま災害看護とシミュレーション教育のスペシャリストである看護学科の野島敬祐准教授のもとを訪れた。「野島先生に医学的な見地から意見を伺い、私の作りたいシステムについて熱心に相談に乗ってもらいました」と当初を振り返る。
この研究が、災害看護教育の常識を変えるかもしれない。そんな木村さんの熱意を受け、大場先生、野島先生はアプリケーションの開発を後押ししていったという。
京都橘大学にはシミュレーション教育を活用した学習を展開するために作られた「シミュレーションコモンズ」というスペースがある。臨床や災害現場などを再現しながら日常的に様々な演習を行っており、木村さんが着目した「トリアージ」に関する演習もその一つだ。従来のシミュレーション教育には、コスト面と現場のリアルな状況をイメージしにくいという課題があった。木村さんの研究が実を結べば、これまでよりも簡単に、低コストで実践的な学習を実現することができる。アプリケーションのシステム構築にあたっては大場先生から技術的な側面から実験の評価方法を学び、野島先生からは学習内容やよりリアルな環境を再現するための情報について助言をもらいブラッシュアップしていった。トリアージは災害時というイレギュラーな状況下で行われるもので、災害の種類や規模、受け入れ側の医療の質と量に応じて臨機応変に対応しなければならない。「災害現場と教育現場における現実感のギャップを埋めることはもちろん、現場では正解となる答えが1つではない場合があります。教科書に沿うだけではなく、現場のリアルな観点を盛り込んだ災害看護教育支援システムのあり方を考えていきました」と野島先生は話す。
木村さんは研究を通じて「問題を見つけ、解決していく力が身についた」と研究の日々を振り返る。他分野と協力しながら研究を進めていくことは決して簡単ではない。そんな中でプロジェクトを推し進めた木村さんについて、野島先生は「ものすごく一生懸命でものづくりへの熱意を感じました。その熱意によって私もいいものを作りたいと思うようになり、互いに有意義な議論ができたと思います」と称賛する。木村さんのものづくりに対する姿勢は、学部の垣根を超えて伝播していったのだ。
京都橘大学の特色の一つである分野を横断した研究を体現した木村さん。野島先生は「他学部の学生との共同研究は、社会に出る前のいい経験になると思います。社会に出たら他分野の方々と一緒に働いていくことが当たり前。そうしなければ新しいものは生み出せませんから」、大場先生は「専門分野に細分化させず、それぞれの分野をフュージョンしてあらたな成果を上げていくことを目指したい」と医工連携への熱意を燃やしている。
木村さんは「京都橘大学の教員は学生が求めれば必ず応えてくれます。『これを研究したい』という意志のある人、やる気のある人は大歓迎。ぜひ教授たちの門を叩きに行ってみてください」と未来の後輩たちにエールを送った。
大久保先生と内堀先生は、看護ケアのひとつである手を握ったり背中をさすったりする「タッチケア」についての効果検証の共同研究を立ち上げた。心理学と臨床検査学、2つの視点から「触れること」がもたらすリラックス効果を科学的に解明しようと日々研究に取り組んでいる。この研究が目指すのは、誰もが気軽にストレスケアを実践でき、心の不調を早期に発見・予防できる社会。研究の背景にある思いを伺った。
1つのキャンパスに9学部15学科が集まる京都橘大学では、学部学科を超えた共同研究がさかんに行われている。「こころとからだのストレスケアユニット」では総合心理学科の大久保千惠教授と臨床検査学科の内堀恵美講師らが中心となり、こころとからだの両面から「ストレスケア」の研究に取り組んでいる。臨床の現場で注目されている「タッチケア」の効果検証も、その1つだ。
「タッチケア」とは、手を握ったり背中をさすったり患者に触れる看護領域のケアのこと。コミュニケーションが生まれ、患者に安心感を与えリラックス効果が得られることなどから注目を浴び、多くの現場で取り入れられているケアの方法だ。この研究では学生が被験者となり、タッチケアは看護師である小西奈美先生(客員研究員)が実施し、大久保先生はタッチケアにおける心理的な指標や注意集中力を測定。内堀先生はタッチケア前後の唾液のバイオマーカーから幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンの濃度変化を測定する。「タッチケア」が本当にストレスレベルを下げるかを検証し、こころとからだの両面からケアの可能性を広げるべく研究を進めている。
日本ではうつをはじめとする気分障害の増加、女性や子どもや若者の自死が増加など、メンタルヘルスに関わる問題に直面している。欧米ではカウンセリングや心理療法が一般に浸透しているが、日本ではまだまだ理解が進んでおらず、治療に対しても偏見が強い。特に問題視されているのは学生を含む若年層のメンタルヘルスケアの問題。このユニットはストレスケアの方法を学ぶことを通じて、学生自身が健やかな生活を送ること、そして、その先にある社会課題の解決を見据えているのだ。
大久保先生は「DUP(精神病未治療期間)が短いほど回復が早いことが実証されているにもかかわらず、治療につながりづらいという傾向があります。タッチケアがどのように作用してストレスレベルを下げるのかがわかれば、自分自身や身近な人と日常的に行えるケアを提案できる。それによってストレスに起因する心身の不調の予防的なアプローチを可能にしたい」と話す。また、「タッチケア」だけでなくいろいろなケア(「TACHI・ケア」)をユニット研究として提案していきたいと今後の展望について語る。
内堀先生も「心理的不調について唾液バイオマーカーの数値を用いて評価できるようになれば、手軽に計測が可能になります。精神的な辛さを抱えている人は、自分ではその辛さに気づいていない場合も多い。早期発見のための検査を実現させたいです」と研究への意気込みを語る。
心理と臨床検査、どちらの現場でも大切なのが「コミュニケーション能力」。内堀先生は「臨床検査技師は患者さんの生理検査をしますし、病院内のさまざまなチームに参加して検査情報を提供するので、コミュニケーション能力が非常に求められます。1回生の時点から、チーム医療で活躍できる能力を培ってほしい」と新入生への期待を高めている。
大久保先生は、「公認心理師の仕事では、たとえば医療の領域では多職種が連携して患者さんに対応していくチーム医療が基本となります。実践の場で活きる学びを深めるのはもちろん、他領域の学生たちがどのようなことを学んでいるのかにも興味を持ってもらいたい」と異なる専門領域を持つ学生が学びあうことの重要性を話してくれた。領域を超えて学びを深められる環境が揃う京都橘大学では、今日も学生たちが社会で活躍していくための力を育んでいる。
「アニメを経済学の視点から捉え直したら、新たな価値が見えてきたんです」。サブカルチャーが研究テーマである経済学部経済学科の牧先生。さまざまな領域や知識をクロスオーバーさせた「人の心を研究する経済学」とは、どういうものなのだろうか?
数字から物事を計算し、経済の動きを予測すること。経済学をそのように合理的な学問だと捉えている人も少なくないのではないだろうか。しかし、経済学部経済学科の牧和生准教授の担当する行動経済学や経済心理学は、「人間は不合理な判断をする」という考えのもと、「人の心の動き」にも注目するという。
たとえば消費者の購買データやアンケートを活用し、行動を数字から分析することで、商品の売り上げアップに繋げるのが従来の経済学だとしよう。一方の行動経済学や経済心理学では「行列ができていたからつい並んで買ってしまった」「感動して思わず手に取ってしまった」といった、データ化できない要因にも焦点を当て、モノが売れる要因を紐解いていく。
身の回りのあらゆる事象が研究対象となるのも、この学問の魅力の一つ。牧先生のゼミを受講する学生が扱うテーマは、アイドルや声優、マンガなどのサブカルチャーコンテンツにまつわる購買行動や、セール中の購買心理など多種多様だ。牧先生は学生たちが楽しそうに課題と奮闘する様子を見て「自分だったらどういったアプローチで研究するか、学生と一緒になり考える瞬間もあり、自分自身も勉強になっています」と語る。
牧先生は、サブカルチャーを経済学の観点から研究している。近年、特に着目しているテーマはアニメやマンガ作品に関係する土地を訪れる「聖地巡礼」だ。好きなキャラクターに夢中になる「推し活」ブームが巻き起こる昨今、聖地巡礼が地域の活性化につながる事例も増えつつある。
研究で着目するのは、聖地巡礼によって発生する経済効果だけではない。人とのつながりや地域の環境の変化など、従来の経済学では注目されなかった「価値」についても考えていく。牧先生は研究の面白さについて「数字的な側面と、人間の合理的ではない部分を融合させ、多角的に答えを導き出していくこと」だと語る。
牧先生の経済学への興味が高まったのは、大学入学後だった。当時好きなアニメの文化を経済学の観点から捉え直したことをきっかけに、「正解のない問いに対し、自分ならではの解釈でアプローチしていくことの面白さ」を覚えたと振り返る。
世の中は予測できない問題や、データだけで解決できない課題だらけだ。通学中の景色にすら「なぜこんな現象が起きているのか」「この課題を解決するにはどうすべきか」といった研究の種が転がっているのがわかる。
日常にアンテナを張り自分ならどう解決するかを考えていくうちに、大きな社会問題の解決にもつながっていく。授業を通じて培えるのは「現在進行形で生じるあらゆる社会問題へ、柔軟に対応できる力を身につけられる力」だと牧先生は語る。正解のない問いに対し、トライアンドエラーを繰り返しながら答えを導きだす学問だからこそ、発想力だけではなく、粘り強さも鍛えられる。
そのうえで、京都橘大学で経済学と向き合うことの魅力について、牧先生は「金融や産業のみならず、文化やスポーツ、医療などの課題も学べるカリキュラムが用意されていること」と語る。多角的に問いを分析し、自分なりの根拠をもち、解決策を探していく。大学4年間で学んだことは、答えのない未来を楽しむ力になるだろう。
「好きなことに夢中になることが、学生たちを成長させていく」と話す工学部情報工学科杉浦昌教授のもと、情報工学科2回生の樋口さんは様々なプロジェクトに挑戦している。これまで取り組んできたのはハンドベルの自動演奏装置、バスの運行情報システムの開発など、実用的ながらもオリジナリティに溢れた技術開発だ。京都橘大学が後押しする学生たちの「モノづくり」について、その環境や魅力を紹介する。
2回生ながら独自の研究に情熱を注ぐ樋口さん。ハンドベルの自動演奏装置を開発し、現在は新たにバスの運行情報システムの構築にも積極的に取り組んでいる。ハンドベル演奏装置の開発は、「多くの人が必要になるハンドベル演奏を、一人でも楽しめるようにしたい」という発想から生まれたもの。高校時代からモノづくりが好きだったという彼は夢中になって開発作業に取り組み、2オクターブ分のハンドベルを自動で鳴らせる装置を完成させた。2024年4月、樋口さんはこの作品を西日本最大級のモノづくりイベント「Maker Faire Kyoto 2024」に出展。そして、同年9月には日本最大の規模である「Maker Faire Tokyo 2024」にも出展するなど学外での発表にも力を入れる。「『Maker Faire』は誰でも希望すれば出展できるものではなく、審査があります。そのため、学生が京都だけでなく東京にも出展できたことは非常に価値がある」と杉浦先生は話す。ヒューマンインターフェース学会では優秀プレゼンテーション賞を受賞し高い評価を獲得した。現在は、学生自治会長からの「通学バスをもっと利用しやすいものにしたい」という相談をきっかけに、バスの運行情報システムの開発に着手している。京阪バスのロケーションシステムやYahoo!路線情報を活用し、リアルタイムで大学発着バスの位置情報や遅延状況を解析するプログラムを開発。加えて、多くの学生の乗換先となる電車の運行状況がわかるようにまでなっており、「乗客が正確な運行状況を把握できるシステム」の実現を目指している。
そんな樋口さんの「基地」となっているのが京都橘大学内にある「クリエーションラボ」。クリエーションラボは、3Dプリンターやレーザーカッター、超音波カッター、VR/AR(仮想現実/拡張現実)ヘッドセット、教育用ドローンなどが常設された、学生たちのモノづくりをサポートするスペースだ。教員や先輩、他学部の学生たちとコミュニケーションを取りながら、研究や開発に取り組む学生でにぎわっている。
このスペースの利活用を推進し、樋口さんの研究のサポートを行う杉浦先生は、「IT技術を様々な分野とかけ合わせることで可能性が広がります。データ処理や3Dプリンターなどの最先端技術を組み合わせることで、これまでになかったような研究が生まれてくるかもしれません」と語る。実際に、工学部以外の学生を対象にしたモノづくり講座が実施されたり、他の研究室の学生や教員がクリエーションラボを活用し、3Dプリンターで骨格模型を制作するなど、分野を超えた共同研究が生まれてきている。
杉浦先生は、「好きなことをテーマにすれば、自然とプロジェクトを進める力がつく。野球が好きな人ならば『野球×IT』というように各自の好きなものから学びの出発点を見つけ出してほしい。我々教員は、学生たちの好奇心がしっかり研究に結びつくよう、幅広い視点を持てるようなアドバイスを行っています」と学生たちの発想力を後押しする指導を行っている。
樋口さんは「小さい頃から『なぜ?』という疑問を大切にしてきた」と語り、その好奇心が研究や技術開発へと結びついていることを実感しているという。そんな樋口さんが夢見ているのは、IoTを活用し、「人とモノを繋ぐ機械」を開発すること。杉浦先生も「技術を通じて人間同士がより深いコミュニケーションを実現する世界が生まれるのではないか」と、モノづくりへの情熱が生む推進力と、好きだからこそ生まれるアイデアに期待を寄せる。京都橘大学は、学生一人ひとりの好奇心を大切にし、その可能性を最大限に引き出す学びの場。モノづくりへの情熱が、社会を変革する創造的で実践的な力となるのだ。
「学生と教員で授業をつくりあげる」「経済学部生がアプリ開発に挑戦する」。京都橘大学では、このように立場も分野も超えた活動が実際に行われており、学生たちが主体的に学べる環境を実現している。経営学部経営学科の西野先生は、そうした学習環境づくりの推進者の一人だ。従来の大学教育の枠を超えた新しい学びを研究する西野先生と、その環境を最大限に活用してチャレンジを続ける経済学部経済学科2回生の速水千愛さんに、京都橘大学の学習環境について語ってもらった。
経営学部の西野毅朗准教授の研究テーマは教育だ。大学教育学会などで活動しながら、「大学教育はどうあるべきか、どうしていけばより良い大学教育を実現できるのか」を探求し、その研究成果を京都橘大学の教育に反映させている。西野先生は「理想と現実のギャップを埋める力、すなわち問題解決力こそが、いま社会で求められている力である」という考えのもと、実践的な教育プログラムを展開している。その1つが、2021年4月の工学部、経済学部、経営学部の開設にあわせてスタートさせた、3学部合同の授業『プロジェクトマネジメントⅠ』だ。この授業は「後輩をサポートするラーニングアシスタント(LA)の学生と教員が授業を一緒につくり、LA学生主導で全授業回を運営する」形式で行われており、全国でも類を見ない取り組みだという。そして、このクロスオーバーな(分野横断型の)教育が2025年度から新たな進化を遂げる。2025年4月から開講される全学必修科目『たちばなBasisⅠ・Ⅱ』は、全学部全学科※の1回生が混ざってクラスを形成し、オンラインと対面のハイブリッド形式で学ぶという先進的な試みだ。「1つの学部だけの学びではなく、異なる分野の知識や視点を組み合わせ、他分野の学生と対話することで、より豊かな学びと学部の垣根を越えた繋がりが実現できます。まさに『総合大学で学ぶ』魅力と『大学での学び』のエッセンスがすべて詰まった授業です」と西野先生は語る。 ※総合心理学部は2027年度より開始予定
学内の学習環境の開発にも関わってきた西野先生。京都橘大学内にあるオープンスペース、「ラーニングコモンズ」もそのうちの1つだ。学生が困った時に先輩学生であるラーニングアシスタントに気軽に相談できるLAデスクを設置し、グループ学習室や動画撮影スタジオなど、多様な学習スペースも用意し、学生の自主的な学びをサポートしている。
ここで学習環境開発に欠かせない西野先生の相棒がいる。現場の学習支援を統括している経営学部の多田泰紘講師だ。多田先生の姿は研究室ではなく、アカデミックリンクスのコモンズセントラルにあった。日々この場所で、LAと一緒に、学習サポートやお困りごと解決のために温かく丁寧な指導を行っている。「大学の学びではきっとたくさんの壁にぶつかると思います。ラーニングコモンズはそんな時の拠り所でありたい。少しでも悩んだり、困ったりしたときには訪ねてきてほしいですね。私たちが全力でサポートします」と多田先生の学生たちへの想いが溢れる。
経済学部2回生の速水さんは尽きない好奇心の赴くままに、情報工学科の学生と共にアプリ開発の授業に挑戦するなど、学部の垣根を越えた学びに挑戦している。何でも挑戦してみるという意欲的な彼女は、「ファッションコーディネートを共有するSNSアプリ開発」のプロジェクトでの話し合いや、課題に取り組む時、など、様々なタイミングでコモンズを活用していると話す。「1人で集中したい時や、友人と一緒に使いたい時など、様々な状況での利用ができるので助かっています。コモンズに行くと他学部の学生も多く、周りの学生たちが頑張っている姿に刺激を受けます」。そして、「こんなに充実した学習環境が整っているのは幸せなことだと思います。様々な分野に興味があるので、最後の最後まで学び尽くしてから卒業したいです」と言う速水さんは、今後も積極的に学びを深める意欲をのぞかせている。
西野先生が学習環境づくりで大切にしているのが「納得感」と「成長実感」のある学びだ。両者が学生たちの自発的な学びを生み出し、力を育んでいくのだという。授業では必ず学生からの質問や相談を受け付ける機会を設け、課題へのフィードバックも丁寧に行っている。ラーニングコモンズのようなハード面、カリキュラムや教員・LAによるサポート体制といったソフト面の両面から、充実した学びの実現を目指す西野先生は、「これからも、学生それぞれが目指す形で成長できるよう、実践と研究を積み重ね、よりよい学習環境づくりに取り組んでいきます。ぜひ、大学内のリソースを最大限活用し、学びを深めていってください」とメッセージを送った。
工学部情報工学科の松原仁先生は、マンガや小説、スポーツ、交通など、幅広い分野と掛け合わせながら人工知能(AI)研究を行ってきた。鉄腕アトムに魅了されて研究者を目指したという自身の経験をもとに、学生にも「自分の興味や関心にしたがって学びを深めて欲しい」と話す。日本のAI研究の第一人者である松原先生に、テクノロジーと文化・芸術の融合、そしてAIと共生する時代に求められる力について伺った。
工学部情報工学科の松原仁教授の研究者としての原点は、幼少期にさかのぼる。「子供の頃に『鉄腕アトム』を見て、アトムを作った天馬博士というキャラクターに憧れました」と話す通り、「人間のように心をもつロボット」に魅了されたことをきっかけに科学技術への夢を膨らませた。その後、中学時代に心理学者フロイトの著作に出会い「人の心を科学として分析する」視点に引き込まれる。そして、この二つの興味が結びつき、AI研究者への道を歩んだと振り返る。
幼少期に描いた夢は、手塚プロダクションと協働した『TEZUKAプロジェクト』で大きく動き出す。AIが手塚作品を解析し、それを元に新しいキャラクターとシナリオの候補を作り、脚本家と漫画家が作品を制作。2020年に『ぱいどん』というタイトルで発表された作品のほか、注目を浴びた。2023年には『ブラック・ジャック』の新作に挑んだ。その他にも、小説家・星新一の作品を解析し、小説の執筆を行うなど、AIによる創作の研究に取り組んでいる。「『ぱいどん』をリリースした時点では、創作におけるAIの貢献度は1割程度でしたが、最新のプロジェクトでは3割程度まで高まり、今後も加速度を増していくでしょう。AIは人間の創造性やアイデアを促進するための道具として、活路が広がっています」と、その技術の進歩と活用について熱く語る。
一方で、「スポーツを対象としたAI研究も大きな広がりを見せています」と語る松原先生。スポーツにおけるテクノロジーの活用が未開拓だった時代からカーリング競技でのAI活用研究を始め、現在は企業などと連携しながら幅広い競技で研究を続けている。今でこそ、多くのスポーツでデータ分析が当たり前となっているが、松原先生は、その黎明期から研究に取り組み、今もなおその可能性を追求している。「画像分析技術の発展により、選手の動きの詳細な分析が可能になりました。競技力向上のサポートはあらゆるスポーツで実現されていますが、今後は観戦体験の向上にも貢献していくでしょう。スポーツは人に感動を与えるもの。その面白さや魅力をよりよく伝えられる方法についても研究していきたいと思っています」。京都橘大学では、サッカー部や女子バレーボール部、陸上競技部などの体育系団体が活発に活動をしている。松原先生は「共同してデータ分析を行い、研究を深めるとともに選手の成長をサポートしていきたい」と、各部との連携に意欲を示す。
これまで紹介した研究のほか、AIを用いた交通システムによってオーバーツーリズムや地域の交通の課題解決を行うなど、松原先生の研究テーマは多岐にわたる。きっかけとなっているのは好奇心だ。漫画も、小説も、スポーツも、すべて自身の好奇心が赴くままに研究をしてきた。幼少期から尽きることのないワクワクが先生を突き動かし続ける。そして、その根底には「世の中の役に立ちたい」という思いがあり、研究の原動力となっているという。
技術の進歩や普及が進む今日、松原先生は「近い将来、AIと人間が共生する社会がやってくる」と展望を語る。そして、そうした未来が実現した時、求められるのは「自分の好奇心にしたがって考える能力」だと続ける。「技術によって何ができるかではなく、たとえば『ロボットと一緒に何をしたいか』というような視点が重要です。やるべきことよりも、やりたいこと。好きなことを伸ばし、世の中にある問題に、柔軟な視点で向き合って欲しい」。テクノロジーを用いて、世界を良くしていく。そのために必要な姿勢を身につけることが、京都橘大学で得られる「学び」なのだ。
2025年4月、京都橘大学では新たに国際日本文化コースが開設される。日本のコンテンツが海外からどのように受け止められているかといった表象文化研究や、表現を通じた異文化理解によってグローバル教育の実現を目指す。物語研究を軸に日本文化の新たな価値を探求する文学部日本語日本文学科の野村先生、国際英語学部国際英語学科で新カリキュラムの作成に携わり英語を楽しむ環境づくりに取り組むコネリー・クリストファー先生に、その展望を伺った。
新設される国際日本文化コースでは、国際的な視野を持つ人材の育成を目指している。学科を横断した新コース開設のプロジェクトに参加した文学部日本語日本文学科野村幸一郎教授の研究領域は、文学だけではなく、アニメーションや漫画といったサブカルチャーまで幅広い。「物語を研究するという点ではいずれも等しいもの。特に日本のアニメ作品は、娯楽であると同時に、立派な日本文化として捉えられている。研究対象としても注目を集めています」と、ポップカルチャー研究の可能性を語る。現代の文化を研究することの意義は何か。それは、知的な基礎体力が身につくことだと野村先生は続ける。「足の速さは様々な競技に応用可能な基礎能力であるように、人文社会科学を学ぶことで学問の基礎的な力を身につけることが出来ます。変化が激しく、10年先の見通しすら立ちにくい時代だからこそ、どんな分野でも活躍できる知的な基礎体力が重要になります。国際日本文化コースはそうした持続可能な教養を身につける学びの場なのです」。
自身も日本語学習者として成長してきた経験を活かし、学生一人ひとりに寄り添った指導を展開する国際英語学部のコネリー講師。同学部では学生の英語力に応じて9段階のレベル別クラスを開講し、実践的なコミュニケーション能力の育成に重点を置いている。「トップのクラスはほとんどのレッスンで日本語を禁止しています。プチ留学のような経験を提供したいんです」。また、コネリー先生は昼休みに「チャッターランチボックス」という活動を実施している。ランチタイムに集まった学生たちが、英語で自由に会話を楽しむ交流の場だ。「英語が得意な学生が、英語が苦手な後輩学生を優しくサポートしている様子を目にします。勉強の悩みや留学の経験を共有したりしながら、学生たちのつながりが生まれる場なんです」と、自主的な学び合いの場の重要性を説く。国際英語学部では2026年度から新カリキュラムがスタートし、海外からの留学生受け入れも本格化する予定だ。コネリー先生は「中国、韓国、台湾、東南アジアなどからの学生と日本人学生が一緒に学べる環境づくり」を目指して、より一層キャンパス内での国際交流を充実させていく考えだ。
国際日本文化コースでは、留学生との協働学習を重視したカリキュラムを展開する。その背景には、将来の日本社会を見据えた教育理念がある。野村先生は「多種多様な人々と共に学び、一つのタスクを達成していく力は、今後の社会で確実に求められます。未来を先取りするような経験をしてほしい」と語る。コネリー先生もまた、言語能力は時代に左右されない普遍的な教養であるとし、その重要性を語る。「機械の翻訳を通したコミュニケーションでは、どうしても人と人との間に壁が残ってしまいます。AIで簡単に翻訳ができる時代だからこそ、真の国際交流には実践的な英語力が不可欠なんです」。テクノロジーの進化が加速する時代において、言語を超えた文化への深い理解と交流がますます重要。それが、国際日本文化コースの目指すものであり、両先生に共通する思いだ。文化と言葉への理解を深め、これからの社会で活躍できる普遍的な力を養って欲しい。