Interview

「プロ選手になれたのは京都橘大学での4年間があったから!」
実業団入りを果たしたバレーボール部主将の栗栖明歩さんにインタビュー。

インタビュー

2021.02.10

京都橘大学バレーボール部の栗栖明歩さん(2021年1月時点)の、日本の女子バレーボール界で存在感を示す実業団「埼玉上尾メディックス」への入団が内定しました。

スポーツに取り組む人にとって憧れであり目標でもあるプロスポーツ選手としての道を歩み始めた栗栖さんに、バレーボールとの出合いや京都橘大学での経験をはじめ、今後の意気込みなどをインタビューしました。

栗栖 明歩さん
京都橘大学健康科学部心理学科4 回生。2020年11月までバレーボール部主将 を務める。2021年4月、埼玉中央医科グループ協議会が運営する女子バレーボールチーム「埼玉上尾メディックス」入団内定。ポジションはミドルブロッカー。
※インタビューおよび撮影時のみマスクを外しています

京都橘大学バレーボール部プロフィール
【創部】1978年
【モットー】バレーボールを通じて社会に出ても通用する人材を育成する。
【プレースタイル】正確で速さのある攻撃と息の合ったコンビネーションが持ち味。
【主な戦績】
2017年度/
・関西大学バレーボール連盟春季リーグ戦1部 1位
・関西大学バレーボール連盟秋季リーグ戦1部 2位
・西日本インカレベスト4
・関西インカレ優勝
2018年度/
・関西大学バレーボール連盟春季リーグ戦1部 6位
・関西大学バレーボール連盟秋季リーグ戦1部 3位
・全日本インカレベスト16
2019年度/
・関西大学バレーボール連盟春季リーグ 2位
・関西大学バレーボール連盟秋季リーグ 優勝
・西日本インカレ準優勝
・全日本インカレベスト8

Q/栗栖さんが、バレーボールと出合ったきっかけを教えてください。

中学入学時に身長が約170cmあり、友達や先生から「身長を活かすためにバレーボールをやってみたら?」と勧められて、半信半疑ながらもバレーボール部に入部したのがきっかけです。

周りから勧められて入部したので、正直にいうとその頃は特にバレーボールが好きということはありませんでした。ところが、当時のバレーボール部の顧問が「背が高いのは最大の強みだ」といって、部活動だけでなく学外のチームの練習にも連れて行っていただくなど目をかけてくださいました。練習に取り組んでいるうちに興味が湧いてきて、中学3年生の頃には自分から進んで学外のチームに入り、自主トレにも力を入れるようになりました。

Q/中学3年生で、バレーボールに興味が湧いてきたのは、なぜだと思いますか?

周りから「背が高いことが最大の強み」といわれていたため、自分自身でもそう思っていたのですが、学外のチームの練習に参加するようになって、背が低くても私よりも格段にバレーボールの技術が高い人がたくさんいることを知りました。「身長だけでは勝負できない。もっと努力しなければ」と気づいたことで、グッとやる気が湧いてきたのです。頑張ろうと思えたのは、「背が高いだけではダメなんだ」ということと、負けず嫌いの性格だからだと思います。

その後は上手くなりたい一心で、時間を見つけてはボールに触れるようにしました。やればやるほど課題が見えてきて、克服したくて努力するうちにバレーボールが本当に好きになり、「バレーボールで高校へ行く」と思うようになりました。そして、念願が叶って、広島県有数の強豪校に進学することができました。

Q/強豪校への進学が叶うなんて、順風満帆ですね。

ところが、進学した高校(進徳女子高校)バレーボール部のレベルが想像以上に高く、自信をなくすことが続きました。高校は寮生活だったので親元を離れたことでホームシックになり、きつい練習で体を痛めるし、レギュラーにはなれないし……。それでもバレーボールを続けたのは、中学時代から先生や学外のチームの人たちが「あなたはバレーボールでやっていける」といってくださっていたからです。その言葉を心の中で繰り返しているうちに「下手だからこそ上手くなれる。チームの中で、一番伸びしろがあるのは私なんだ!」と考えるようになりました。このように考えるようになってからは、バレーボールがさらにおもしろくなり、高校3年生で広島国体の選抜選手に選ばれました。そのとき、やればできるということを実感して、大きな自信になりました。

この試合がきっかけになって、京都橘大学などバレーボールの強豪4大学から声がかかりました。京都橘大学を選んだのは、4大学のなかで実力、実績とも№1ということと、高校のバレーボール部の先輩も進学していたからです。今、振り返ると、京都橘大学バレーボール部での4年間が最も充実していて、この4年間があるから実業団入りが叶ったと実感しています。

Q/なぜ、京都橘大学バレーボール部での4年間が、プロへの道につながったと思うのですか?

 京都橘大学は、施設や設備が充実していて、思う存分練習に打ち込むことができます。それに加えて、人として尊敬できる監督やコーチの指導を受けられる理想的な環境があります。この恵まれた環境を活かすのは自分次第と考えて、入学した時点で「卒業後は実業団に入る」と決意し、監督やコーチ、部員など周りの人に「絶対に実業団に入る」と目標を言い続けて練習に励みました。監督もコーチも、部員一人ひとりに目配りをしてくださっていますから、「実業団に入るなら、これをクリアしなさい」と厳しく指導していただき、ときには実業団の試合観戦に連れて行ってくださいました。このような恵まれた環境のなかで、周りのたくさんの人に助けていただいたからこそ、目標を高く持ち続けて活動することができ、実業団への入団が実現したのだと思います。
 また、京都橘大学のバレーボール部は強化クラブの一つですから、大学でバレーボールを始めるという初心者はいません。でも、中学校、高校時代に思うようにプレーできていなかった人が、京都橘大学バレーボール部の充実した練習環境と手厚い指導で力がつき、レギュラーとして活躍し始めることも多いのです。私も、監督とコーチが私の強みを引き出して鍛えてくださったことで力を発揮することができたひとりです。私の強みとは、高身長を活かしたブロックなのですが、埼玉上尾メディックスの面接で、「私の持ち味はブロックです」とはっきりと自信を持っていえたことが入団内定につながったと思います。

Q/京都橘大学バレーボール部の4年間を振り返って、最も印象に残っている試合や出来事を教えてください。

2019年、西日本インカレで初の準優勝を勝ち取った試合が印象に残っています。とても苦しい試合だったのですが、皆が一つになって戦っていることが感じられた試合でした。皆というのは、コートに入っている部員だけでなく、サポートに徹していた部員も含めて全員です。仲間と言葉を越えたつながりを感じ、時間の流れまでいつもと違っているように感じた忘れられない試合です。

それから、思い出深い出来事としては、2020年秋のリーグ戦でブロック賞を個人で受賞したことです。監督とコーチが私の強みを4年間磨き続けてくださったお陰だと深く感謝しています。また、一年に1 回、監督と部員数人で鳥取県の高校生を対象としたバレーボール教室をしたことも楽しい思い出です。高校生に教えることで、自分自身の勉強にもなりました。

Q/バレーボールを通じて学んだことや今後の目標を教えてください。

私は負けず嫌いですが、なかなか自信が持てない一面もありました。そんな私がバレーボールを通じて、弱い自分と戦うことで自信が持てるようになりました。また、自分に自信があると周りの人にも優しくなれるということも知り、人としての生き方を学んだと思います。

今、このようにはっきりといえるのは、京都橘大学バレーボール部で鍛えていただいたからです。自分の限界にチャレンジし続ける練習は、けっして楽ではありません。でも、「もっとやれる」「もっとやりたい」と思いながら仲間と頑張り抜いた4年間は、心の底から楽しく、充実していて、私にとってかけがえのない4年間だったといえます。

今後の目標は、一日も早く埼玉上尾メディックスの戦力になり、チームに貢献して優勝を勝ち取ることです。それがバレーボールで出会えた方々や京都橘大学バレーボール部への恩返しになると信じています。

<ここがDISCOVERY!>

・ 京都橘大学バレーボール部は施設や設備が充実! 思う存分練習に打ち込める環境がある!
・ 栗栖さんは、「有言実行」と周囲のサポートで、4年間目標に掲げていた実業団内定を果たした!
・ 京都橘大学バレーボール部には、部員一人ひとりの強みを引き出す指導があり、仲間と一緒だからこそ、厳しい練習も乗り越えられる!

Relative