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#震災特集
今までの日常生活が営めない人たちの健康に向き合い、よりそう。
災害看護を通して学ぶ看護の原点。

特 集

2021.03.11

2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年を迎えます。震災直後、京都橘大学看護学部の河原宣子先生は、(公社)日本看護協会の災害支援ナースとして派遣され、東日本大震災の支援活動にあたりました。また、これまでにも阪神淡路大震災や921台湾地震などさまざまな災害時に現地に赴き、現在も(一社)日本災害看護学会の先遣隊として活動している河原先生にお話を伺いました。

看護学部 看護学科 河原宣子 教授(京都橘大学大学院看護学研究科長)
<専門分野>
家族看護学/災害看護学/国際看護学
<研究テーマ>
・訪問看護ステーションを拠点とした地域の防災・減災における家族看護の役割
・国際看護学の効果的な教育プログラムに関する研究

Q/「災害看護学」について教えてください。

災害は自然災害や人為災害などその原因によっていくつかの種類がありますが、共通するのは生命や当たり前の日常生活が脅かされる状態になることです。そして、「災害という脅威を前にして、人々の命と生活を守るために必要な医療および看護の専門知識を提供し、被災地域、被災者のために活動すること」が災害看護学の位置づけだといえます。日本は自然災害の多い国なので、災害発生の度に知識や対策は蓄積されていましたが、災害看護学という学問として確立され学会が設立されたのは阪神淡路大震災がきっかけです。

求められる看護職の役割は、災害サイクルによって多様です。災害時の救命や被災者の生活環境の整備と健康管理に留まらず、災害が起こる前に災害対策を考えることや、災害発生から年月が経ってからの被災者ケアまで幅広くあります。

Q/「災害看護学」を研究されるようになったきっかけを教えてください。

私の出身地である三重県は、東南海地震(南海トラフ地震)の強化地域になっており、防災教育が盛んに行われている地域でした。そのような環境で育ってきたので、「防災」や「災害」を自然と意識するようになりました。大学院生のとき、阪神淡路大震災が発生し、神戸の仮設住宅でボランティアを経験したことを機に、災害看護学への興味が高まり研究を始めました。

私が専門とする家族看護学、国際看護学、災害看護学は、いずれも「当たり前でないことに向き合う」場面に焦点が当たる領域です。看護は病気やケガ、加齢、出産など今までの日常生活の中で経験しなかった場面に遭遇した方と向き合って、相手の生活やこれからの人生によりそっていくことが多い実践です。家族のケガや病気、災害などで当たり前の日常が非日常になったり、日本では当たり前だと思っている医療が海外では違ったり、私が研究しているこれらの領域は、そんな「当たり前でないこと」を予防したりサポートしたりする関わりが、よりクローズアップされる領域であり、そこに強く興味を持っているのだろうと思います。

Q/東日本大震災発生後の2011年3月26~29日に災害支援ナースとして被災地に派遣されるまでの流れを教えてください。

2011年3月11日は、本学の卒業式で、看護学部3期生を送り出した日でもありました。卒業式に出席した後、研究室に戻って仕事をしているときに東日本大震災が発生しました。京都も揺れを感じたので気づき、ニュースを見ると東北が大変なことになっていました。すぐに「いつ現地に向かおうか」と考えていました。

そして、現地での支援活動にはさまざまなルートがありましたが、ちょうどその時期に(公社)京都府看護協会の災害対策委員を担っており、その関係もあって(公社)日本看護協会の災害支援ナースとして、震災から2週間ほど経った2011年3月26日から4日間、現地に派遣されました。当時は、全国から集まった派遣者と2人1組ペアで、3泊4日のシフトの交代制で支援活動を行う体制が組まれていました。もともと災害支援ナースは「看護職者が被災した看護職の心身の負担を軽減し支えるとともに、被災地で適切な医療、看護を提供する役割を担う」という理念で、医療機関で看護職を支援する役割を期待されていました。しかし、東日本大震災では、地域にあるたくさんの避難所も大変な状況だったため、避難所に派遣される看護師が多くいました。私たちも避難所に派遣されました。

被災地の様子

Q/被災地に派遣されて、どのような活動をされたのですか。

私が派遣されたのは、宮城県石巻市の避難所になっていた小学校です。電気やガス、水道などのライフラインが全て断絶していました。現地では被災者の方の健康管理はもちろん、やるべきことは多岐にわたりました。もちろん、看護師だけですべてできるわけではないので多職種のチームと共同で活動します。私たち看護師がコーディネーター的な役割となって、医師や保健師、心のケアにあたるボランティアの方などが効率的、効果的に活動できるような調整役も担いました。

避難所にいる方ができるだけ健康的に生活できるように、また生活力が下がらないように、命を保つためにできることを行うというのが基本姿勢です。教室が居住スペースになっていたので、なるべく快適に生活していただけるように配慮しながら、小学校教諭や行政職員などと協力して環境整備を行いました。日中は居住スペースを回って脈拍や血圧、呼吸、体温などのバイタルサインを測りながらお話をし、日没後は保健室を拠点に眠れない方や不安な方にもよりそっていました。風邪を引いている方も多く、インフルエンザやノロウイルスの流行時期でもあったので、限られた水で手洗いをしていただくなど健康管理のサポートにも務めました。そのほかでは、ゴミ処理やトイレの清潔さをできるだけ保つことを心がけました。ゴミ収集車やゴミ処理場が津波で流されたけれど、生活していると毎日ゴミは出ますので、二次的に健康被害が起こらないように配慮しながら処理を行いました。

(左から)夜の避難所での一枚、東日本大震災復興イベントの様子

Q/東日本大震災での災害支援の活動をされてどのように思われましたか?

「できることはもっとあった」という反省に尽きますが、多くの学びもありました。2021年3月11日で東日本大震災から10年を迎えますが、「もう10年経ったのか」という感覚と、「まだ10年か」という感覚が共存しています。災害の多い国に暮らす日本人だからこそ、防災の知識や技術だけでなく、10年前に感じた思いや自然に対する畏敬、日常生活の捉え方や考え方の変化など、当時感じた心の機微はこれからも忘れずにいたいと思います。

そして、驚いたのは、阪神淡路大震災時には雑然と混乱していた避難所の居住スペースが東日本大震災時は整然としていたことです。過去の経験が確実に次に活かされていることや、日本人の生活力や回復力が上がっている様子が垣間見えました。現場での経験を記録に残し、研究して蓄積することで災害看護学が学問的に発展することはもちろんですが、その学びが社会に還元されるのだと改めて強く実感しました。

Q/医療機関での看護と、災害現場での看護には違いがありますか?

看護の本質は同じです。先日、新型コロナウイルス感染症拡大に伴いひっ迫する医療現場へ支援に入った際にも実感しました。

これは、コロナが拡大し保健医療機関や介護施設サービス等がこれまで以上にひっ迫する中で、厚生労働省や一般社団法人日本看護系大学協議会が全国の会員校に対して現場支援を含めた協力の呼びかけがあり、本学としてできる取り組みを検討し、実施しました。日ごろから看護学部の実習などで関わりのある2病院と相談し、年末年始の期間で合計20人の教員を派遣し、医療現場での看護を行いました。

もちろん、ライフラインも通っており、感染症対策も万全で、最先端の医療機器が使われているという点で、避難所とは違う環境です。ですが、「目の前の人の生活を整えて、その人の生命力の消耗を最小限に抑える」という考えで看護を実践している点では同じなのです。

また、新型コロナウイルス感染症患者が入院している病棟は看護師でなければできないことが多くありました。他の病棟とは異なり、清掃なども看護師が行っています。病棟内での生活環境を整えて、目の前の人たちそれぞれの健康に向き合い、よりそうことはどこでも共通なのだと実感しました。

Q/「災害看護学」を教えることを通して、どのようなことを学生に伝えたいですか。

東日本大震災の被災地となった宮城県気仙沼市へボランティアに行った当時の4回生が、帰って来た後に「何をしてあげられるだろうかと思いながらボランティアに行ったけれど、その考え方は間違っていました。『してあげる』ではなくて、『自分はそこで何ができるのか』を考えなければならないと気づきました。」と話してくれました。自分に何ができるだろうと考えるには、正確な知識や技術を身につけた上で、自分で考え判断し、行動しなければなりません。看護師は、向き合う人、もしくはそのご家族の長い人生におけるほんの一瞬にしか関わりませんが、その時間をどれだけ大事にできるかが問われるからこそ、多くのことを学ぶのです。一期一会の中で最善の看護ができることは、これからの時代もっともっと求められることでしょう。

ですので、今、学んでいることに真剣に打ち込んでほしいです。なぜなら、今、看護の本質を学んでいて、今の学びは必ず将来の自分を助けてくれるからです。看護の本質を理解していれば、どのような状況や環境でもきっと、そのとき最善と考える看護ができると思います。

もう一つ、私自身が意識して学生にも伝えているのが、「自分は何も知らないんだ」と自覚しておくことです。そして自分のものの見方や考え方を知っておくことの大切さです。家族看護を例にしてお話しますと、例えば「幸せそうな家族」といっても、その家族によって、「幸せ」という感情は人それぞれ違います。「うちみたいな家族が一番幸せ」という価値観だけでは、ほかの家族のあり方を受け入れられません。「こんな家族も、あんな家族もあっていい」と思えないことには、家族を対象とした支援はできないのです。この考え方は、患者さんと一対一で接する看護においても同じです。自分の考えや価値観と異なるものを受け止めることから看護は始まります。

Q/京都橘大学の看護学部で学ぶ魅力を教えてください。

一番の魅力は、一つの拠点に全学部が集う総合大学で学べることですね。多様な価値観を学ぶことは、看護においてとても大切です。本学での大学生活では、人と交流する機会が多くあるので、その中でさまざま感性や考え方に触れられるのは貴重だと思います。

例えば、実習だと、看護学科の「災害看護学Ⅱ」と救急救命学科の「救急救命実習Ⅱ」で、授業の一環として、合同でトリアージ訓練を実施しました。特殊な機材・設備を使った訓練が実施できるのは、救急救命学科を有する総合大学ならではだと思います。
※トリアージとは、災害等で多数の傷病者が同時に発生した場合に、適切な処置や搬送を行うために治療の優先順位を決定すること。

また、患者対応が多様化する中で、チーム医療を推進できる人材を育成するために、本学の医療系学科と京都薬科大学と連携して多職種連携教育(IPE:Interprofessional Education)を実施しています。各専門職の立場からシナリオ事例に沿って、患者さんや患者さんを取り巻く環境についての状況把握や介入の仕方について議論し、チーム医療を学びます。

看護学部の教員は、看護に真剣に向き合う者ばかりが集まっていて、皆さんと一緒に学ぶことを楽しみにしています。学ぶことも課題も多いので大変に思うかもしれません。でも、卒業するまでに、自分で考えて動くことができ、本学の看護学部が追究する「人によりそう看護」が自然にできるようになります。

実は、卒業生の就職先から、「京都橘の看護学部の卒業生は、なぜこんなに患者ファーストで動けるんですか」「なぜこんなに優しいんですか」と褒めていただくことが多いのです。本学を卒業した学生たちが現場でそのように評価されることを私たち教員は誇りに思いますし、京都橘の看護学部を卒業して本当によかったと、卒業生自身も将来誇れる大学だと思います。

Q/高校生に向けてメッセージをお願いいたします。

ぜひ、高校生活を満喫してください。思いきり勉強することやクラブ活動など一生懸命に取り組んでほしいと思います。経験することや学ぶことに無駄なことは一つもありません。看護学部では、人との向き合い方や考え方を学ぶ機会が多くあります。だからこそ、学びや遊び、人との関わり、すべてを満喫してください。そして、できれば毎日時間を決めて、目的をもって学習に集中する時間をつくってください。その習慣は、これからも必ず活きるはずです。

<ここがDISCOVERY!>

・医療機関や災害現場など、どのような環境においても、「目の前の人たちそれぞれの健康に向き合い、よりそう」看護の本質は変わらない!
・多様な考え方や価値観を受け入れることで、その人にあった看護ができる!
・一拠点にある総合大学で学ぶことで、さまざまな考え方や価値観をもつ人と出会えることが魅力!

・「自分は何ができるのか」と考えることで、自分で考え判断し、行動できるようになる!
・京都橘大学の看護学部で学ぶことで、人によりそう看護が実践できる

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