Interview

心理学の視点から考える
現代社会の「男性の生きづらさ」を臨床心理学の専門家が紐解く。

インタビュー

2022.02.15

人々の働き方や価値観、ジェンダーのあり方が多様化する現代社会。健康科学部心理学科の濱田智崇先生は、「男性相談」の相談員を長年務めながら、臨床心理学を専門に男性の心理・父親の育児について研究を続けてきました。臨床心理学の視点から見る「男性育休」や「男性の生きづらさ」、そして心理学科の学びについてお話をうかがいました。

健康科学部 心理学科 濱田 智崇 准教授
<専門分野>
心理学/臨床心理学
<研究テーマ>
・父親の子育てに関する研究
・男性の心理的支援に関する研究
・箱庭療法に関する研究

※インタビューおよび撮影時のみマスクを外しています

Q/臨床心理学の研究者としての立場から、近年の大学生のジェンダーに対する意識や考えは変化しつつあると感じられますか?

私は臨床心理学の中でも、特に男性の心理支援や、父親の育児、DVの問題などについて専門に研究をしています。2022年4月から段階的に施行される改正育児・介護休業法に象徴されるように、今、社会のあらゆる場面で男女共同参画がすすんでいると思います。とてもいいことですね。

実際に、学生たちのジェンダーに関わる問題への関心も高く、授業の中でそれらの話題に触れると、とても熱心に聴いてくれます。男女の性役割の概念が時代とともに変化しつつあること、また、ジェンダーのあり方も多様であることを学生たちは頭では理解しています。しかし一方で、デートなどで男女が食事に出かけると男性がおごることが当然と考えていたり、家庭や就職活動、アルバイト先などで、周囲の大人たちから「男だから…」「女だから…」という扱いを受けることも、しばしばあるようです。

Q/2022年4月から施行される改正育児・介護休業法について、先生のお考えをお聞かせください。

改正された育児・介護休業法では、出産直後の時期に、男性も育児休業が取りやすくなりました。そのこと自体は、評価すべきことです。しかし、制度が整ったからといって、社会の意識が急に変わるかというと、そうではありません。

今回の改正法では「義務化された」という言葉が一人歩きしていますが、義務となったのは「雇用主が従業員に対して育児休業の取得を促進すること」であって、取得そのものが義務化されたわけではないのです。 2020年の男性の育休取得率は、約12パーセント。そのうち7割の人が、一週間未満の休業です。国は2010年から「イクメンプロジェクト」を続けていますが、これまで男性の育児休業はそれほど普及してきませんでした。

男性が育児休業を取りにくい一番の理由は、職場の雰囲気だそうです。いろいろな考え方を互いに認め合うという意味でも、「子どもが産まれたから、今は仕事より育児を優先したい」という男性の思いも、大切にされるべきでしょう。育児という理屈ではどうにもならない世界を体験することで、男性の人生は確実に豊かになります。それがひいては、職場の文化を豊かにし、さらに社会全体を豊かにすると思うのです。ただ、男性の育児参加を促進するのであれば、育児休業の取得以外にも、例えば担当する仕事を減らし、早く帰宅できるようするなどの配慮も必要です。これまでの仕事量に加えて家事や育児がのしかかってくると、それが逆に男性を苦しめかねません。

Q/ 濱田先生は長年、男性相談の相談員をされていますが、現代社会における男性の「生きづらさ」とは、どのようなことでしょうか?

私は大学で臨床心理学を研究しながら、「男性相談」の相談員を長年務めています。この男性相談を実施している団体は、2019年に日本男性相談フォーラムという一般社団法人になり、各地の自治体が実施する男性相談事業も受託しています。それだけ多くの男性が、生きづらさを抱えているということですね。

一般的に男性は、幼いころから「泣くな、負けるな」と言われながら育つ人が多いと思います。そして大人になると、社会の中で常に生産的で建設的であることを求められ、さらに何らかの上下関係、いわゆるパワー構造に常にさらされながら生きています。そんな中で「自分の感情を人前で表すことは無駄なこと、格好悪いこと」と考えるようになってしまうのです。

バブル期までは、男性も会社の中で強くたくましく頑張れば、それなりに豊かな生活が手に入りました。しかし現代社会においては、必ずしもそうではありません。頑張っても得られるはずのものが得られない、むしろ労働力を搾取されているのではないか。漠然とそう感じながらも、社会に根強く残る「頑張れば何とかなる」という根性論と、「常に勝ち続けなければならない」という重圧の中で、多くの男性が苦しんでいるのです。

歴史的に見ると、男性は女性を支配し、社会的には優位な立場でした。だから男性にはつらいことやしんどいことはないはずだと思われてしまいがちですが、そうではありません。むしろ、現代においてまで、無理に男性優位社会を保とうとする社会的圧力が、男性自身を苦しめている状況であり、だからこそ支援からこぼれやすいのです。

社会がこれまで無理に保とうとしてきた男性優位社会は、今、男性も女性も苦しめています。その中で男性の育休制度は、そのしんどい場所からちょっと下りてみましょう、そして男性も女性も共に幸せになりましょう、という提案の一つだと思っています。

Q/先生が相談員として、男性相談に関わられるようになったきっかけを教えてください。

原体験は、私の幼少期に遡ります。私が子どもだった昭和の時代は、「男は男らしく、女は女らしく」育てることがよしとされていた時代でした。同世代の男性には、周囲から「男の子だから強くなれ」などと言われながら育った人が多いのではないでしょうか。私も同じでした。私はそういう大人たちの言葉に対し、「自分は十分に応えられていない」と感じ、苦しんだこともありました。

中学校は親元を離れて遠方の中高一貫男子校へ進学しました。思春期を過ごした寮生活の中で、人間関係に悩んだりしながら、「男らしさとは何か」と考えるようになったのはその頃のことです。そんな経験もあり、高校時代は心理学者で教育学博士の故・河合隼雄先生に影響を受け、大学は教育学部教育心理学科に進学。臨床心理士をめざしました。

初めて「男性からの悩み相談」に関わるようになったのは、大学2回生の時です。日本で初めての、男性による男性のための悩み相談窓口を立ち上げるために、相談員の育成研修会があると友人から聞き、興味を持ちました。臨床心理士の先生から直接教えていただけるということもあって、試しに参加してみたのです。

研修ではたくさんの発見がありました。自分よりずっと年上の男性たちに交じって、本音で語り合えることが、何よりも新鮮でした。研修には1年間ほど通い、大学3回生のとき、臨床心理士の資格を取るより前に、相談員となりました。その時から25年以上にわたり、ずっと相談員を続けています。

Q/京都橘大学で心理学を学ぶ魅力は?

本学の心理学科には、臨床心理学のほかにも、さまざまな領域の心理学を専門とする教員がいます。中でも社会心理学を専門とする先生が多いのが特徴の一つです。

社会心理学とは、現代社会におけるさまざまな事象と、人の心との関係性を学び、その中で人がよりよく生きるとはどういうことかを考える学問です。実社会における環境や社会現象と、人の心の関係を科学的な方法を用いて客観的なデータを収集し、分析し理解することを学びます。

一方で臨床心理学は、個別の人の心の諸問題を解き明かし、実践的な支援について研究する学問です。対象者の悩みや苦しみに対して、どんな心理的支援が必要なのかを学びます。社会心理学と臨床心理学の視点はどちらも大切であり、その両方をバランスよく学べるのは、京都橘大学の大きな魅力だと思います。

また、学生時代には、とにかくいろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。それが思わぬ形で活きてくることがあります。私の場合、大学時代に興味を持って通い始めた研修が、相談員の道につながり、さらにそれが大学院での研究と融合していきました。現在では、メインの研究分野となっています。

私のゼミでは、学内の京都橘大学心理臨床センター以外にも、京都府内の認定こども園や不登校児支援教室などと連携し、学外のボランティア活動に参加する機会があります。学生たちを見ていると、実社会で人とふれあう中での学びはとても大きいと感じます。

Q/最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。

各専門領域を総合的に学ぶことができるので、心理学を広く、深く学びたい人に、ぜひ来ていただきたいですね。みなさんも好奇心のアンテナを伸ばし、少しでもピンと感じるものがあれば、まず参加してみてください。失敗しても大丈夫。そこから学ぶことは、いつか必ず役に立ちます。失敗を恐れずにいろいろなことにチャレンジする人をお待ちしています。

<ここがDISCOVERY!>

・濱田先生は男性の心理、父親の育児などを専門とする臨床心理学者 !
・社会心理学とは、人がよりよく生きるということを考え、科学的な方法で理解を深めていく学問!
・京都府内の認定こども園や不登校児支援教室などと連携し、ボランティア活動に参加する機会がある!
・学生時代は失敗をおそれずに、何ごともチェレンジすることが大切!それが思いがけない形で活きてくることがある!

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