
ロボットの「心」を科学する心理学者、登場!
感じる技術、はじまる。
-人とロボットの
“架け橋”としての心理学-
2026年4月、京都橘大学に工学部ロボティクス学科が誕生します。松原仁教授と共に学びを率いる仲間たちを紹介する「ヒトシのナカマ」。第2弾は発達心理学が専門の伴碧・大阪大学大学院基礎工学研究科特任准教授(2026年4月に京都橘大学工学部ロボティクス学科准教授就任)。AIロボティクスと心理学にどんな関係があるの?と思われるかもしれませんが、ロボットを通して人間を見つめることで新たな発見があるそうです。

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先生のプロフィール
2026年4月より
工学部ロボティクス学科准教授就任
BAN MIDORI
伴 碧 (大阪大学大学院基礎工学研究科特任准教授)/博士(心理学)
同志社大学大学院心理学研究科修了。 人間の認知・感情・社会的行動の理解を基盤に、ロボットとのインタラクションにおける共感・信頼・自己開示などの心理的メカニズムを探究。乳幼児の「ふり遊び(pretend play)」を通じた想像力の発達研究をはじめ、対話ロボットやチャットボットの設計・評価、また、可食ロボットのように人の感覚や感情に働きかける仕組みを通じて、人とロボットの関わりを探究している。
専門分野
- ・発達心理学
- ・ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)

心理学の道に進もうと思ったきっかけを教えてください。
高校時代、仲の良かった友達が教室に来られなくなり、保健室に登校するようになりました。「何かできたらいいな」と思い、将来はカウンセリングに関わる仕事をしたいと考えて、心理学部のある大学に進学しました。ラットを使った実験からカウンセリング技法までいろいろなことを学ぶ中で、実験の面白さに気がつきました。
実験をすると今までわからなかったことがわかるようになり、新しい発見があります。特に子どもにはまだ知られていないことがたくさん隠れているように思ったので、子どもの実験を行えるゼミに入りました。また、子どもの発達を研究することで、お子さんや親御さんのサポートにもつながると考えました。

心理学の研究をしていたのに、なぜロボットと出会ったのですか?
心理学の研究を続ける中で、ロボット研究者の方が「実験者として来ませんか?」と誘ってくれました。子どもとロボットの関わりについて実験をしたかったそうなのですが、工学部だと子どもの実験をやったことがない方がほとんど。さらに工学部は男性が多く、そのような環境で初めてのロボットを見ると、子どもはびっくりしてしまう。だから子どもの実験をずっとしていた私に声をかけてくださったようです。
実は、心理学の学会でもヒューマンエージェントインタラクション研究者の発表を聞くことがあり、すごく面白いと感じていました。だから、声をかけていただいた時には「ここに入れたら、もっと新しいことを知れるのでは」と思って即決しました。

でも入った当初は怖かったです。ロボットの操作もしなくてはいけないのに知識がないし、「高価なロボットを壊してしまったらどうしよう」と不安でした。一方で、工学部に対する印象は大きく変わりました。以前は「パソコンをずっと触っている人たち」「プログラミングに熱中している人たち」のイメージがあり、失礼ながら、なんとなく冷たい印象を持っていました。でもロボットの中の仕組みを作る方が「僕は内科医です」、外を作る方が「じゃあ私は外科医ですね」というような会話をしていて、とても優しいしあたたかいと感じました。
びっくりしたのは、ロボット研究者はロボットを擬人化される方が多いこと。ロボットのことを「この子が」とか「こいつが」と言っていて、すごく愛を感じます。心理学者からすると、ロボットは人の代わりに同じことを何回も同じタイミングでしてくれるので、制御がしやすいというメリットを感じています。いかにしてロボットを“使うか”を考えるのでロボットを「物」扱いしているし、感情はドライだと思う。一方、ロボット研究者の方はロボットの可能性をすごく信じているので、人に受け入れてもらったり“好き”になってもらったりすることを考えています。
ロボット研究者が「こういう実験をしたらロボットへの印象がすごく上がると思うんです」と言っていても、心理学者は「それくらいでは印象はそんなに上がらない」と感じます。こうした考え方の違いを、実際に実験して確かめるのがとても面白いのです。
特に印象に残っている実験を教えてください。
可食ロボットの研究に携わらせてもらえたことは本当に良かったと思っています。ある学生さんから「死という概念を研究したい」と相談されたところから始まりました。『豚がいた教室』という映画があるのですが、この映画では、ある小学校のクラスで1年間豚を飼い、最後にこの豚を食べるか食べないかで議論になります。この映画からヒントを得て「食べられるロボット」を作ることになりました。動いているロボットを食べたときに「死」を感じるのか、道徳性や倫理観はどうなるのかを見ようと考えたのです。
口の中で動くグミのようなものを作り、それを実験参加者に食べてもらいました。踊り食いのようなイメージで作ったのですが、口に入れると「生きている感じがします」、噛んだときは「ごめんなさい」と言う人もいました。ただ口の中でモノが動くというだけで、生き物のように感じるし、噛みちぎったときに罪悪感を覚える。人間の新しい側面を発見できた気がして、ものすごく面白い研究でした。
実は、味にもすごくこだわっているんです。せっかく食べてもらうなら、美味しいものをと思い、フレンチのシェフに監修していただきました。結果、こだわりの“美味しいリンゴ味”に仕上がりました(笑)。
心理学で死を扱うとしたら、たとえば「身近な方が亡くなったとき、どんな気持ちになりましたか」とか「『死』に恐怖を感じますか」というような質問をすると思います。でもAIロボティクスのすごいところは、実際に「死」に似せた状況を作れるところ。心理学では絶対にできないことですね。

ロボット研究において心理学はどのような役割を果たせると考えておられますか?
「人」とは何なのかがわかれば、その知見をロボットに載せることができます。だから人を知ることができればより良いロボットができると思う。そこに、心理学が果たせる役割があると思います。
心理学のアプローチでは、たとえば「快」と「不快」の感情がいつ生まれ、どのように分かれていくのかを調べるためには、人間にそのプロセスをたどってもらう必要があります。一方、AIロボティクスのアプローチを使えば、その過程をシミュレーションすることができます。シミュレーションと、実際に人間を対象にした研究の結果を照らし合わせることでより理解が深まると思います。心理学とAIロボティクスが手を取り合って一緒に人間を知れたらいいなと考えています。
ロボット研究者の方々は、「こんなロボットを作りたい!」というアイデアを持ち、それを実際に形にしてしまう力があります。現在所属している大阪大学で言えば、石黒浩先生(基礎工学研究科 教授)が代表的です。私も石黒先生と一緒に研究をさせていただいていますが、先生が開発されたロボットに対して「このロボットの良いところを探してみて」と言われることがあります。まずはアイデアを形にしてみて、その可能性や意義を探っていく。この自由で創造的な姿勢が、ロボットづくりの大きな魅力だと感じています。

そんな創造の現場に心理学が関わることで、「この技術の良さはどこにあるのか」「人にとってどんな意味があるのか」を見つけるお手伝いができる。それは心理学の魅力だと感じています。
その反面、心理学はある意味ブレーキ役だとも思っています。それが倫理的に許されるのか、小さな子どもが使っても大丈夫なのかというところを考えることも必要です。危険性があるならそのことを伝え、日常生活で使うためにはどうすればいいのかを考えるのが心理学の役割だと思います。
ロボットはどんどん身近な存在になってきています。
ロボットと人が共生するためには何が必要でしょうか?
まずは「第一印象」が大切です。人間は、自分に似たものに好意を持ちやすいと言われていて、だからこそ人型のロボットが多くデザインされているのだと思います。
ただ、第一印象が良くても、時間が経つにつれて印象が薄れたり、悪くなってしまうこともあります。そこで次に重要になるのが「対話」です。対話を重ねることで、ロボットへの親しみや信頼を深めることができるのです。

ERICA(エリカ)

Geminoid F(ジェミノイド F)

CommU(コミュー)

Sota(ソータ)
ChatGPTの登場によって対話の精度は大きく向上しましたが、ロボットやAIとのやりとりはまだ人間らしさに欠ける部分があるため「飽き」が生じやすいことも指摘されています。たとえば人間同士のやり取りでは、SNSで既読スルーをしたり、時間が経ってから返信することもありますよね。ところが、これまでのロボットやチャットボットは、すぐに返事をするよう設計されてきました。もちろん、カスタマーサービスのような場面では即時応答が求められますが、日常的なやり取りでは、予測できる反応が続くと飽きられてしまう可能性があります。最近では、あえて時間を置いてから返信するロボットの方が、ユーザーから高評価を得たという研究もあります。
「飽きさせない」ということが、人らしさにつながっているのかもしれません。だからこそ、そうした“間”や“揺らぎ”をロボットに取り入れることが、これからの対話設計の大切なポイントになるのではないかと思っています。
人とロボットの第一印象が
相談内容に及ぼす
影響の検討

- 目的
- 人とロボット(CommU、アンドロイド)に対する第一印象が、どのような話題を誰に相談したいと感じるか検討した。
- 結果
- 「誰かを傷つけた経験」という話題はCommUに、「嫉妬を感じた経験」という話題はアンドロイドに相談したいと回答する参加者が多かった。このように、ネガティブな話題については、人よりもロボットに話したいと考える傾向があることが示された。
あえて返信が遅れることで
人間らしさを高める
チャットボット

- 目的
- すぐに返信するチャットボット(Real-time)と、返信を意図的に遅らせるチャットボット(Non-real-time)のどちらがよりユーザに好まれるかを検討した。
- 結果
- あえて返信に時間を置くことで、ユーザーはチャットボットをより人間らしく感じ、Non-real-timeチャットボットとの対話意欲が高まることが示された。
また、よく話題になるのが、海外と日本のロボット観の違いです。海外では、ロボットに対して「怖いもの」「兵器」といった印象を持つ方が多く、これまで関わってきた海外の研究者からは「この国(日本)は不思議だ」と言われることもありました。
海外のロボットは、人型であってもスタイリッシュなデザインが多いのですが、それを「ずっと一緒に過ごせる存在」として受け入れられるかというと、そうではない部分もあります。一方、日本では「ずっと一緒にいられるロボット」という価値観が根付いていて、家庭や社会の中にロボットが自然に入り込むことを大切にしています。
だからこそ、日本では「かわいらしさ」や「親しみやすいデザイン」が重視される傾向があります。ロボットを単なる道具ではなく、人と共に暮らす存在として捉える文化が、こうしたデザインや機能の方向性に影響しているのだと思います。
ロボットと友達になることもできますか?
「友達のようなロボット」は作れると思いますが、果たして本当の友達になれるのかと言われると、今は難しいのかな。たとえば人間同士だったら10年後、20年後に連絡を取って再会し、会ったら懐かしさを感じますが、ロボットにも同じように感じるでしょうか。
ちなみに心理学的にいうと「友達とは何か」も研究の対象です。心とは何か、意識とは何か、ということを研究されている方もいらっしゃいます。どんな状態なら「意識がある」と言えるのかがわかれば、それをロボットに搭載できる。だから、人を知ってこそ初めてロボットに応用できるのかな、という気がしています。

今後挑戦したいテーマやプロジェクトはありますか?
京都橘大学に着任したら、子どもとロボットのインタラクションの研究を大々的にやっていきたいなと思っています。小さな子どもはロボットと人との区別をあまりしていないという研究もあり、まさに興味深い時期だといえます。ただし「区別していない」といっても、本当に人とロボットを同じものとして扱っているのかどうか、あるいはいつごろから区別するようになるのか。そうした点を明らかにしていきたいと考えています。
幼児はロボットに対して
我々と異なる見かたを
するのか?

- 目的
- 幼児と大学生を対象に、生物(人、犬etc)と非生物(ロボット、おばけetc)のイラストを提示し、それぞれについてどのような印象を抱くかを検討した。
- 結果
- 図中の青い丸は、「クラスタ」と呼ばれるグループを示しており、幼児や大学生が各対象(人やロボットなど)をどのように感じたかの傾向を表している。幼児はロボットを生物と同じグループとして捉えるのに対し、大学生はロボットを非生物として区別していることが明らかになった。
ロボットの可能性について、どう考えておられますか?
私はカウンセリングをしたくて心理学部に入りましたが、現在ではロボットを使ったカウンセリングも行われるようになっています。たとえばASD(自閉スペクトラム症)の方にとっては、表情や身振り手振りなど人間が発する情報が多すぎるそうです。そのために「人が苦手」という方もいるのですが、ロボットは発する情報が少ないため、ロボットとなら会話ができるということもある。
人との接触を避けなければいけなかったコロナ禍でもロボットが活躍しました。当時は入院患者さんのお見舞いが難しかったのですが、ロボットは消毒さえすれば安全ですし、ロボットを通じて遠隔にいるお孫さんが「おばあちゃん、元気?」と話しかけることもできた。こういう時代にこそロボットは性能を発揮するんだな、と実感しました。
石黒先生は「人が体から解放される時代がくる」と言っています。大阪万博のパビリオンでも、遠隔地にいる方がロボットやアバターを使って来場者を迎えたり案内したりする役割を担っていました。何らかの理由で移動することができなくても、人と接することができなくても、自宅にいながら働くことができる。いまの時代だからこそ可能になったことですし、まだ気づいていない可能性もあると思います。
京都橘大学での学びについて、期待していることを教えてください。
一般的な工学部だと、数学の証明式をずっと学んできてもその使い方を十分に習っていない場合があります。ロボットを作ったり使えたりしても、人に対する影響をどう測定すればよいかがわからないと言う学生さんもいます。例えるなら「自動車は作れるけど運転ができない」というような印象があります。心理学の場合はその逆で「自動車の作り方は知らないけれど運転はできる」というイメージです。京都橘大学のロボティクス学科には、松原仁先生(工学部長)や小野哲雄先生(2026年4月より同学科長就任)をはじめ、日本でも有数の研究者が集まってきます。私からすれば、本当に贅沢すぎる環境です。ロボットを作ったり使ったりするだけでなく、それが人にどう影響するのか、どう評価すればよいのかまで一緒に学べる。そうした学びの場があることが、京都橘大学の特徴になると思います。
また、ワンキャンパスにさまざまな学科があるのでコラボレーションしやすいのも強みだと思います。たとえば医療系と心理学が連携するのだったら「ロボットがお医者さんに質問をする」というような方法が考えられます。医師や患者さんの属性によっては、聞きたいのに聞けないという場面が多いのではないかと思いますが、可愛いロボットなら気兼ねなく話せるのではないでしょうか。他にも、AIやロボットが社会と共生していく上で経済や経営的な視点でコラボレーションしてみるなど、幅広い応用ができると思っています。
AIロボティクスに関心のある中高生へのメッセージをお願いします。
人を知る方法は心理学だけじゃないということを伝えたい。ロボットを通じて人を知る方法があるというのは私自身にとっても大きな発見でした。もし「人を知りたい」「人の役に立ちたい」と思っているならロボティクス学科も一つの選択肢だと思います。多様な学びが交差する京都橘大学だからこそ、多様な人に集まってほしい。そして、私もその一員として、皆さんと一緒に新しい挑戦をしていけることを心から楽しみにしています。
