ヒトシの夢

PROJECT 06

観光TOURISM

松原仁先生は旅行も好きで、今は「AIでオーバーツーリズムをどう解決できるのか」に頭を悩ませているそうです。「めちゃくちゃ難しい」と話しつつ、新しい難題に向き合うことが楽しそう。オーバーツーリズム解消の困難さの理由や、AIを用いて社会課題を解決することについて話を聞きました。

オーバーツーリズム、「無理ゲー」に思えるけど

ぼくは東京で生まれ育ちましたが、古くて新しい京都という土地には憧れがありました。京都橘大学がロボティクス学科※新設を構想しているというタイミングで声をかけていただき、新しいものに携われるのは幸せだなと思って移ってきました。
京都は日本の観光の中心。ここを舞台にしてAIでオーバーツーリズムにどう関われるかを考えています。2024年7月からは観光情報学会にオーバーツーリズム研究会を立ち上げ主査を務めています。ただ、この問題はめちゃくちゃ難しいですね。そもそも解があるのかどうかも分からない。観光客を増やすという目標を保ったまま、地元の人の満足度をどう上げたらいいのか。はっきり言って無理ゲーではと思ってしまうことも(笑)。でもぼくは、すぐ解けそうな問題には興味を持たないという天邪鬼なところがあるので、無理ゲーに突っ込む志向性がある。無理難題にベストを尽くすのはやりがいがあります。

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▲ 京都橘大学で開催した第一回研究会の様子

京都市や府はアンケート調査などをやっていますが、外国人観光客にアンケートを取るルートを確保できていない。「清水寺や伏見稲荷をぐるっと周る人が多い」というようなことはなんとなく分かっているのですが、まずはデータをきちんと取るところから始める必要があると考えています。便利な観光アプリか何かを開発して、そのアプリをダウンロードした人にアンケートに協力してもらう、とか。
観光について考えてみると、利益を得ている人がある程度の迷惑を被るのは仕方がないのかもしれません。問題は、住民にはお金が入ってこないのに迷惑というデメリットを受けているということ。ホテル代が高いと困るという人もいれば逆の考えの人もいるし、混んでいることが万歳だという人もいます。いろいろな立場の人がいて、利益も相反する。ゲームとは全然違って、ルールがないから何をどこまで考えたらいいのかが難しい。しがらみの塊ですね。
ぼくがこういうことに取り組めるようになったのは、それなりの年齢になったからだと思います。この年齢だと失うものがなくなりつつありますし、たとえうまくいかなかったとしても、取り組みやすい。若い学生に「オーバーツーリズムを研究テーマにしたい」と言われたら「しばらくはやらない方がいいんじゃないかな」と思ってしまいますけどね。1年後に成果が出ることは無いと思うし、論文が書けないのではないかと思うから。とはいえ、オーバーツーリズムの問題はやっぱり面白い。勉強すればするほど沼に入っていく感じがあります。
ロボカップを始める時もロボットの研究者から「無理だ」と言われましたが、30年近くやっていたらそれなりのレベルになりました。声に出して、続けるということは大事だと思います。年を取れば取るほど研究テーマが増えていって収束しないんですけどね(笑)。

「地方の公共交通機関不足」解消のためベンチャー企業を立ち上げ

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公立はこだて未来大学(北海道函館市)にいた時から観光問題には関心がありました。函館も観光地ですが、郊外では人口が減ってバス路線の維持が難しいという問題があります。全国で起きている課題だと思いますが、自治体が補助金を出して公共交通を維持しようとしても、自治体も補助金を払い続けることができなくなっていく。
そこで、タクシーを借り上げて、「マルチエージェントシステム」という考え方で、1台の車をどのように動かせば全体としての効率が良くなるのかを研究したのです。試験的に取り組んだらそれなりにうまく動いたので、2016年にベンチャー企業を作り、最初の4年間はぼくが社長をやりました。
たとえばAさんがどこかに行きたいとします。タクシーだと家の前から乗れて便利だけど、料金が高い。バスだと安いけど、バス停まで行かないといけないし、時間が決まっていますよね。それぞれの良いところを取り入れたシステムを作りたいと考えました。
Aさんが「〇〇へ行きたい」とスマートフォンなどのアプリに登録すると、Aさんのいる場所の一番近くにいる車をAIが探し出し、配車します。同じ方向に移動する人を一緒に乗せるため、料金はタクシーよりも安くできる、というものです。

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▲ ㈱未来シェアHP:https://www.miraishare.co.jp/

「よそ者」と締め出されたことも

会社の名前は「未来シェア」。議論する中で「これからはシェアの時代だよね」ということで、この名前に決まりました。日本では自分の物を持ちたいという意識がまだ結構強いと思いますが、自動運転の車が出てきた時には、みんなが自家用車を持っているという時代ではなくなると思うんですよね。
どこかの自治体でやると、同じように悩んでいる他の自治体から視察が来て広がっていき、現在は全国50ヶ所ぐらいで実施しています。でも、自治体の条例や法律に引っかからないようにするのに苦労しました。たとえばバスは乗り合いOKだけど、タクシーはダメ。あるいは、ご近所の方に隣町まで乗せてもらった時に「ガソリン代ぐらいは支払いたい」と思っても、以前は禁止されていました。ただ、これからの時代にはそれでは成り立たない。そのことを国も自治体も分かっているので、ルールが変わりつつあります。
他に苦労した点といえば、「よそ者」ということで締め出されたことですね。バス路線が廃止され、タクシー会社が1社もないようなところだと入りやすいですが、かろうじて残っているところだと「商売の邪魔をするのか」と思われてしまう。自治体から呼ばれて説明に言ったはずなのに、門前払いをくらったこともあります。でも自治体によっては、タクシー会社が協力してくれて一緒に実施している場所もたくさんあります。
日本はこれまで非関税障壁のような形でシェアリング会社があまり入ってきていません。でもトランプ大統領のようなやり方で海外からどっと大資本が入ってくると、どうなるんだろうというのが心配。日本を守るだけではなく、我々も海外に出ていってグローバルに戦おうと思って、アジア圏に未来シェアの技術を売っていこうということを考えて動き始めています。

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▲ サービス導入事例(㈱未来シェアHP「2025/04 事例紹介資料:全国の導入事例・応用事例紹介」より引用)

AIで社会貢献

理想的にはお客さんからのお金だけで黒字になればいいのですが、それはまだほとんど実現できていなくて、自治体からの補助が入っているところが大半です。自治体によっては、市民や町民が決まった額を払うと一定期間は乗り放題になるサブスクリプション方式にしているところもあります。乗り放題だと、病院や買い物、友達に会うなどの理由でお年寄りが積極的に外に出るようになります。自治体としては、高齢者には家に閉じこもらずに外に出てもらったほうが認知症などのリスクを減らせるので、ウィンウィンなんです。
全国の50ヶ所以上に広がったということは、我々がやろうとしたことは間違っていなかったということで嬉しいですが、その反面、日本の公共交通がいかに厳しい状況にあるのかということを実感します。時々視察に行きますが、バスがなくなり、タクシーの運転手さんもおじいちゃんばっかりだったりして夜間は運用していない。そうすると、夜に何かあったら救急車を呼ぶしかない、という話を聞きます。そういうことにどう対応するのか、深刻な問題ですね。
ぼくが若かった頃は、AIの能力が低かったから「AIで社会貢献をしたい」と思っても不可能でした。でも今は技術が上がってきたので可能性が広がっています。ぼくも年齢を重ねるとともに「自分ができる社会への貢献は何なのか」と考えるようになり、これまで研究してきたことを社会課題の解決につなげる社会実装に力を入れていきたいと思っています。

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