ヒトシの夢

PROJECT 02

小説NOVEL

松原仁教授は、30冊を同時並行で読んだ時期があったほどの本好き。コンピューター将棋の研究の後に選んだテーマのひとつが小説でした。AIに小説を書かせて文学賞に応募するという取り組みは大きなニュースになりました。急速に進歩を遂げるAIが直木賞を受賞する日も、そう遠くないと考えているそうです。

AIに小説を書かせて文学賞に応募

2012年から、AIに小説を書かせるプロジェクトをやっています。
将棋AIがそろそろ人間に勝ちそうだというのが分かってきて、次のテーマを考えようと思っていた頃でした。小説家の瀬名秀明さんから、『ショートショートの神様』と呼ばれた星新一さんの名前を冠した文学賞を作ろうとしているという話を聞いたんです。ぼくは星さんの大ファンで、ほぼ全作品を読んでいます。理系的発想の賞にしたいとのことだったので相談にのっていたところ、あるとき瀬名さんから「AIに小説を書かせて星新一賞に応募したら面白いんじゃない?」と言われました。
たしかに面白そうだと思って興味のありそうな仲間を集めました。星さんの全作品の電子データを娘のマリナさんが提供してくださったので、星さんのショートショート約1000作品をすべて解析し、星さんのアイデア発想法も参考にしながらAIに2000字程度の小説を書かせる、というプロジェクトを始めたんです。
プロジェクト名は「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」。星さんの二つの小説から着想を得て名付けました。始めるにあたって記者発表もしました。研究成果も出ていないのに発表するなんて普通はありえないんだけど、瀬名さんや星さんが記者を集めてくれて。星新一さんの小説では登場人物の名前がアルファベットなので、瀬名さんは「S博士」、僕は「M教授」として、二人とも白衣を着て記者発表に臨みました。

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▲ 記者発表の様子

星新一賞の応募規定には「人間以外(人工知能等)の応募作品も受付けます。ただしその場合は、連絡可能な保護者、もしくは代理人を立ててください」と書かれています。2016年、第3回に「コンピューターが小説を書く日」という作品で応募したところ、一次審査を通りました。ただ、AIの役割は2割ぐらいで、約8割は人間が担っていたと思います。

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▲一次審査を通過したショートショートを含めた成果作品は、「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の プロジェクトページ(公立はこだて未来大学)にて、自由に閲覧可能。

AI小説が直木賞を取る日も近い?

当時は生成AIがなかったので、AIを使って小説を書くのはAIの専門家以外はほとんどしていなかったと思う。でも今は生成AIを使えば、特に短いSFっぽいものはかなりレベルが高いものを書けます。極端な話をすれば、一人で1万作品を作って応募できるようになった。そうすると審査する側に膨大な負担がかかるから、今は星新一賞の応募規定も「1人1作品まで」となっています。よく冗談で「一次審査はAIにやらせたらいいのでは」と言っているのですが、AIが作った作品が入賞するぐらいになれば可能なのではないでしょうか。
星新一賞では、最終審査にAIが作った作品が残るところまできています。来年あたりに入賞してもおかしくない。長編の文学賞の受賞についてはわからないところがありますが、ディープラーニングが出てきてからAIは劇的に進歩しているので、早ければ4〜5年で直木賞を取ることもあり得ます。

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長編といえば、小松左京さんの未完の作品『虚無回廊』を完成させるというプロジェクトも進めています。『虚無回廊』は1986年に連載が始まり、「スーパー・ストラクチャー(SS)」という超巨大物体の正体を知るため、「人工実存AE」を探査に向かわせるという物語。小松さんが生前に書かれたエッセーに構想のようなものはあるのですが、具体的にどのようなものだったのかは小松さんの頭の中にしかない。あと何ページぐらいで終わらせるつもりだったのかも分かりません。
複数のSF作家に結末を考えてもらって、その結末に向かってAIに小説を作らせるというのが現実的かな、とは思いますが、本当に難しいです。

「人間っぽい間違いをするAI」に騙される可能性も

先日、直木賞作家の今村翔吾さんとお話する機会があり、「人間の覆面作家とAIに小説を書かせて競わせてみたら」というアイデアをいただきました。実はすでに俳句では人間とAIの作品を競争させる試みがあります。生成AIがでてくる前だったら小説では確実に人間が勝っていたはずですが、現在はどうでしょうか。今村さんが前向きになってくれるならぜひ一緒に実現させたい。そんな新たな目標もできました(笑)。
今村さんはAIに「今村翔吾っぽく書いて」と指定して文章を書かせたことがあるそうです。今村さん風の文章が出てきた、と驚いておられました。

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▲ 2025年3月に開催された京都橘大学新学部・新学科開設記念特別講演会
「文化交響Vol.2 大津春の陣 固定観念を討ち、知の秘境へ挑む!~歴史・文化・AIがひらく未来への扉~」
右から3番目が今村翔吾さん、右端が松原教授
©フォトスタジオスピカ 北村拓也

AIを使っていないことを証明する方法はないので、すでにAIに小説を書かせて「自分が書いた」と言っている人がいる可能性もあります。学生のレポートに関しても、本人が書いたのかAIに書かせたのかを見抜くのが難しくなってきています。「AIが書いたのかをチェックする」というソフトが作られると、次は「人間っぽい間違いをするAI」というソフトが出てくる。いたちごっこなんです。少し綴りが間違っていたりすると「AIは絶対にこんな間違いはしないから、人間が書いたのだろう」と思いますが、AIにほとんど書かせて少しだけ誤字脱字を入れることもできますもんね。

AIには書きたいテーマがない

将棋AIの研究をしていた頃は「2015年ごろには人間に勝つだろう」と思っていたし、勝つことを目標にしていました。ただ、小説には将棋やチェスのような「1秒間にこれぐらい局面が読めたらこの程度の強さ」という指標がないので、強さが掴みにくい。
今の生成AIはかなり進歩していますが、長い文章を書かせると途中から徐々にずれていくんです。一つずつの文章はそれなりに繋がっているように見えるのですが、0.1ミリずつずれていって、最後の方は「この小説は何だったのか」と感じてしまう。
人間って、何か書きたいことや言いたいことがあり、それに沿って書きますよね。でもAIには言いたいことがあるわけじゃないし、テーマもない。「こういう終わり方にしたい」というのもありません。
人間の作家なら小説前半に散りばめたことを最後に回収してくれるけど、AIは回収しなくても平気。前半に出てきた登場人物が後半には一度も出てこないということもあります。そうすると読者は「この登場人物は何だったの?」と感じますよね。
人間が「こういう始まりで、中間でこういう展開になり、結末はこうなる」と細かくプロットを書けば、AIが書く文章でもズレは減ります。あるいは、あらすじを与えて「1万字に膨らませて」というようなこともわりと得意です。ただ、それは「AIが書いた」と言えるのか。なかなか難しいところですね。
それから、人間が感じる機微のようなものを文章にするのもAIには難しい。人間は赤ちゃんの頃から周りの人に話しかけられて育ちます。成長したら自分で風を感じたり桜を見たりして、桜の時期には卒業や別れの記憶が蘇ったりする。そういう経験をもとにして文章をつむぎます。
では、そのような経験をしていないAIが、人間のような機微を書けるようになるにはどうすればいいのか。そこで考えているのが、AIに身体を与えることです。赤ちゃんロボットを、親に相当する人間が抱っこして散歩をして、一緒に桜を見る。人間が経験を積んで大人になっていくように、ロボットも経験を積むことで情報が更新されていくイメージです。世界中でそのような研究が進められていますが、そんなに簡単にいくのだろうか、という意見もあります。

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人間とAIは敵対するものじゃない

将棋AIを研究していた時には何度も否定的な意見や批判を受けることもありましたが、小説は将棋ほどではなかったように思います。「きまぐれ人工知能プロジェクト」をやっていた時には「こんな不毛なことをやっていないで役に立つ研究をしろ」「小説は人間が書くものだから、AIにやらせる必要はない」などのコメントをもらうことはありましたが。
ぼくは小説も大好きなので、人間の小説家の尊厳を守りたいと思っています。でも将棋でもそうだったように、次第に「時代の流れ」と受け入れてもらえるのではないか。もしかしたら100年後はAI小説が普通になっているかもしれない。そしたら「AI小説」に心理的なストレスも感じなくなっているのではないでしょうか。人間とAIは敵対するものじゃないし、AIは人間が楽しめるものを作り出せると思うんです。
人間が他の動物と違うのは、高い知能を持っているということ。人間はライオンやサメ、熊に体力で負けても高い知能があるから生き残ってきました。知能では他の動物に負けたことがないので、知能に対しては思い入れが強いのだと思う。だからAIに脅かされるのは嫌だという気持ちは理解できます。ガキ大将が、子分だと思っていた年下の子に身長で追い抜かされたような気分でしょうか。AIに対しても「子分だったのに。喧嘩したら負けそうだぞ」という雰囲気を感じているのでは。
AIに否定的な作家は多いですが、「AIを使っている」とおっしゃる方も出てきています。それで業界が盛り上がってくれたらぼくとしては本望です。

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