
遺跡から読み解く
「人」の歴史
小嶋篤 京都橘大学文学部歴史遺産学科専任講師
人類の生物的特質
私自身を含めた現生人類の生活は、過去の人類が積み上げてきた経験により成り立っています。その経験を後世に伝える手段の一つが「書物」であり、我々は自らの実体験を伴わない、他者の経験により得られた知識を獲得することができます。この人類総体としての膨大な経験の蓄積・継承は、他生物にはない人類の生物的特質と評価できます。
考古学の役割
経験の蓄積・継承において重要な発明となったのが、書物を構成する「文字」の存在であり、およそ6000年前の古代メソポタミアに起源が求められています。最古の石器とされるケニア・オルドワン石器が約300万年前であることをふまえると、少なくとも約299万4000年間の人々の暮らしは同時代の「書物」には記されていないわけです。文字の発明にいたる長い時間においては、人類がどのような営みをしていたのかを解明するには、人類の活動痕跡である「遺跡」の発掘調査、すなわち「考古学」という学問的手段が重要な役割を果たします。
書物に記されなかった歴史
書物が成立した後も、人類総体として見れば、今日まで伝わっている歴史は極わずかです。私が専門とする「日本考古学」に限って見ても、現存する最古の歴史書は『古事記』(712年成立)・『日本書紀』(720年成立)であり、列島各地に前方後円墳を築いた古墳時代の終焉から100年ほど後の書物となります。加えて、『古事記』・『日本書紀』は日本国を成立させた朝廷(ヤマト王権)の正統性を神代から記したものであり、記述内容の真偽には検証が求められます。また、朝廷を支えた民衆や、中央から離れた地方に住んだ人々についての記述は極めて簡素です。遺跡の発掘調査を通じて、記述内容の検証や書物に記されなかった人々の歴史を明らかにすることは「考古学の醍醐味」です。
国境域を生きた人々
日本国の国家形成期に起きた大乱「壬申の乱(672年)」では、天武天皇の皇子・高市皇子が獅子奮迅の活躍を見せたことが『日本書紀』に記されています。また、同書物には高市皇子の母が、胸形君徳善の娘・尼子娘であると記されており、朝鮮半島と日本列島の境界・玄界灘を本拠地とした「宗像君(胸形君)」の血脈に連なることが分かっています。宗像君は宗像神を奉斎した古代豪族であり、『日本書紀』にも登場しますが記述は簡略であり、その実像は書物のみでは把握できません。その反面、宗像大社を中心とした福岡県宗像市・福津市には、宗像君が遺した遺跡が数多く分布しています。その代表格が、ユネスコ世界文化遺産に登録された『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』です。本遺産群の中核となる沖ノ島は宗像大社沖津宮が鎮座し、今日まで連綿と続く宗像神への祈りが「遺跡」としても積み重なっています。

宗像君の実像を探る研究
宗像神は「道主貴(ミチヌシノムチ)」とも呼ばれ、航海安全を司る神としても篤く祀られています。このため、宗像神を奉斎した宗像君についても、「海人族」としてのイメージが形づくられ、優れた航海技術を保持していたと理解されています。では、「宗像君が行っていた航海はどのような実態を有していたのか」、この疑問を研究課題として掲げました。まず探るのは宗像君が登場する『古事記』・『日本書記』の記述ですが、宗像君の航海については記録されておらず、遺跡の発掘調査から探る他ありません。加えて、宗像君が利用していた船舶は発見されておらず、現状では直接的な証拠も欠く状況にあります。ここで諦めずに、新たな方法を模索できるのが「考古学の楽しさ」です。考えた結果、私は「宗像君が居住している場所、活動している地域を遺跡から特定する研究」を進め、間接的な証拠を積み上げることにしました。
宗像君が遺した古墳の特徴
宗像君が遺した遺跡の代表格が「古墳」です。この古墳には他地域には見られない特徴があり、「遺体を埋葬する石室を地中深くに構築し、石室完成後に墳丘を築く」という珍しい作業手順を採用しています。また、葬送儀礼においても「石室内に土器を副葬せず、墳丘等の石室外に土器を供献する」という特徴があります。宗像君の古墳と同じつくり方・つかい方を行う古墳(宗像型石室)が「どの場所に築かれているのか」を一つ一つ丹念に探っていくことで、宗像君の活動範囲を実証的に検証することが可能と考えました。

宗像君の航海
研究の結果、宗像君が築いた古墳と同じ特徴をもつ古墳・宗像型石室が、福岡県宗像市・福津市を中心に広がっていることが明らかとなりました。その範囲は朝廷が宗像神に奉じた神郡・宗像郡の領域と重なっており、「宗像君の支配領域をほぼ追認する形で神郡が設定されている」ことが分かります。また、宗像型石室が山口湾(瀬戸内海西部)から今津湾(糸島半島)にかけて、飛び地的に広がっていることも判明しました。この事実は、研究課題である「航海の実態」を把握する上で有力な証拠と評価でき、航路沿いの港湾を複数おさえることで、航海に必要な水・食糧の供給、あるいは悪天候時の寄港(風待ち)において利権を有していたと考えられます。つまり、「航路沿いの港湾を複数掌握することが、宗像君の航海を支える基盤であった」と結論できます。上記研究については、複数の研究者による検証がなされ、近年では各港湾に居住する人々が古墳だけでなく、住居・物資・祭具等の多面的な繋がりを有していたことも明らかとなってきました。
考古学が果たす人類史への貢献
歴史は短絡的に見れば、日常生活とは無関係、役に立たないもののように思えるかもしれません。しかし、他者の経験を人類全体で共有する生物的特質を鑑みれば、歴史を軽視することはできません。遺跡という物質資料から歴史を掘り起こす考古学は、失伝してしまった過去の経験を呼び覚ます役割も担っており、人類共有の財産である歴史、その全体を追い求めることが可能な学問です。ユネスコ世界文化遺産に登録されるような重要遺跡においても、まだまだ未解明な研究課題が山積しています。学生のみなさんも、京都橘大学歴史遺産学科でともに研究に取り組み、人類の宝(歴史)を掘り起こしましょう。
推薦図書
◉『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』 松木 武彦 角川ソフィア文庫 2023年
精緻な考古学研究に根ざした上で、認知科学を用いた考古資料の解釈法(=認知考古学)に基づいた古墳通史を分かりやすくまとめた一冊。本書は「心の考古学」と標榜する研究視点でまとめられており、考古学がもつ研究手法の可能性・多様性を認識できる。

◉『九州の古墳』(増補改訂版) 吉村 靖徳 海鳥社 2025年
九州の古墳について、豊富な写真や基本用語解説を付して解説する。現地見学も含めた入門書としてオススメである。本書の特色となる約400点にもおよぶ写真は、すべて筆者が撮りためたものであり、文字や図面では伝えることができない「文化遺産」としての古墳の情報・魅力を把握できる。
◉『古代祭祀とシルクロードの終着点・沖ノ島』シリーズ遺跡を学ぶ13 弓場 紀知 新泉社 2005年
豊富な写真・図版を基に、宗像・沖ノ島の概要が把握できる。沖ノ島での調査経験がある著者ならではの記述が散りばめられており、2017年にユネスコ世界文化遺産に登録された古代祭祀遺跡、その発掘調査における臨場感を味わうことができる。
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PROFILE
小嶋篤
こじま あつし 京都橘大学文学部歴史遺産学科専任講師
福岡大学大学院人文科学研究科史学専攻。博士(文学)。専門は日本考古学。主な著書に『東アジア都城と宗教空間』(京都大学学術出版会、2024年共著)、『埴輪生産からみた地域社会の展開』(六一書房、2023年共著)、『大宰府史跡指定100年と研究の歩み』(九州国立博物館、2021年編著)、『大宰府学研究』(九州国立博物館、2019年編著)などがある。
※『大宰府史跡指定100年と研究の歩み』・『大宰府学研究』は、九州国立博物館HP
(https://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_dazaifu.html)より無料ダウンロード可能。