村上裕道

未来社会に貢献する
『歴史遺産』を考える


村上裕道  京都橘大学文学部歴史遺産学科教授

1 変わる文化財保護

 2017年6月23日に、『文化芸術基本法』が改正されました。基本法では、文化芸術の振興にとどまらず、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業等の施策を取り込むとの方針を決定し、文化芸術により生み出される様々な価値を文化芸術の継承、発展及び創造に活用すると記されました。歴史遺産を活かした観光・まちづくり、身近な歴史遺産を活用した高齢者福祉関連事業などや、地域への愛着を育む歴史遺産学習など、経済的・社会的効果のイメージのできる施策が求められる段階になったのです。

 文化財保護法の一部改正が2019年4月1日に施行され、同改正の主要施策である「文化財保存活用地域計画」が多くの市町村で策定される状況となりました。我が国の社会状況が急激に変化し、過疎化・少子高齢化の進行による地域の衰退が懸念されていることを背景に、文化財は継承の担い手の不在による散逸・消滅の危機に瀕していると危惧されています。人口が減少した将来の社会状況を想定しての文化財保護制度の抜本的な体制の再構築が進んでいます。

2 未来に貢献する「歴史遺産」像とは

 内閣府による20歳以上を対象とした『社会意識に関する世論調査』によれば、「日本の誇り」として、「長い歴史と伝統」が常に上位に入っています。確かに、高齢者は地域の身近な歴史遺産への学習意欲が顕著で、私も関わっている『高砂市史を読む』という市民講座[注1]は、抽選が必要なほど人気がありました。また、『世界遺産』を初め、『日本遺産』や、身近な歴史遺産を地域再生やまちづくりに活かす活動も各地で取り組まれています。身近な古民家を改修したレストランやホテルを好む若い人々も増えました。「国民の感性」は「長い歴史と伝統」を上手く活かすことを求め、国宝等の優品の保護に止まらず、地域を重層的に表現する「歴史遺産」総体の活用を求めているようです。2020年3月調査のデータでは、若年層までも高い支持を示しており、この傾向はより高率で長く続くと見て間違いないでしょう。

上2点:市民講座「高砂市史を読む」

 一方、過疎化の進展は、地域の歴史遺産の維持継承に難しい問題を投げかけています。地域の歴史遺産は、活用の可能性がなくなるとともに消滅の危機を迎えるものも少なくありません。最近は、維持の継承が破綻した事例を聞くことが多くなりました。個人から地域、そして社会全体で支えていく体制づくりが急務となっているのです。そのためには、歴史遺産の継承のための総合的な地域計画の導入が必須となってきています。歴史遺産のマネージメントが不可欠な知識となりつつあるのです。

 人口減少の進展を見込んで、人工知能(AI)が産業や社会生活の各所に取り入れられつつあります。その進展は既存の労働環境を大きく変え、論理的思考系の仕事分野もAIが携わると予想されています。しかし、「The Future of Employment[注2]」によると、①感性の分野、②創造的な分野、③情操教育等の分野、④防災等の緊急的判断を求められる熟練マネージャー等の職種は、AIに置き換わることが難しいと分析されています。

 振り返って、改正なった文化芸術基本法が求める対象を詳しく見ると、感性が必須な文化観光やまちづくり、新たな価値観を創造する地域創生、あるいは子供の情操教育に繋がる「地域の学び」やオリジナリティたっぷりの大人の「地域学」は、まさしくAIの不得手とするところであることが判明していると言えるでしょう。「感性や情操」を大切にする歴史遺産の活用は、人が人らしさを表現する分野として、大切に育てるべき職種ではないかと感じています。

 何世紀も超える歴史遺産の基本的な知識を踏まえ、先人の「知恵・教え」とAIを駆使する若い感性が融合する時、『歴史遺産』は創造的な未来社会の構築に貢献できるのではないかと期待しています(図1)。

図1 歴史遺産を活かす、価値創造戦略

 

[注1] 筆者が主催した、『高砂市史を読む』講座を開設し、市史の解説及び現地の見学を組み合わせたプログラムを導入したところ、途中で脱落することなく、人気の講座となり、継続・拡大することとなった。

[注2]The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerization? Carl benedict Frey (Oxford Martin School, University of Oxford) and Michael A. Osborne  September 17 2013



PROFILE

村上裕道  むらかみ やすみち 京都橘大学文学部歴史遺産学科教授
北海道大学大学院工学研究科。専門は景観、建築遺産。公益財団法人・文化財建造物保存技術協会、兵庫県教育委員会で文化財の修復及び保護の企画立案に携わる。ICOMOS WOOD 委員会委員、日本建築学会文化遺産災害対策小委員会委員。歴史遺産の保護活用を図る民間推進リーダー(ヘリテージマネージャー)の育成や「歴史遺産を活かした地域再生」に取り組む。


高砂市立図書館 HOME TOWN ゼミ 「映像ゼミ生による動画」
同ホームページには、たかさご八景シリーズ・TAKASAGO DESIGN シリーズの動画、
約70本が既にアップロードされており、市内の美しい景色を市民が追い続けている。
http//:takasago-lib.jp/archives/354

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