中久保辰夫

一欠片の土器から歴史を
復元していく楽しみ


中久保辰夫  京都橘大学文学部歴史遺産学科准教授

世界の遺跡、日本の遺跡

 「考古学」や「発掘」という言葉を耳にしたことがないという方は、おそらく少ないと思います。イギリスのストーンヘンジやエジプトにあるギザのピラミッド群、中国・秦始皇帝陵および兵馬俑、イラクにあるウルのジッグラトといった有名な遺跡は、いまなお世界各地の人々の関心を惹きつけてやみません。また、発掘調査によってみつかった豪奢な副葬品、まだ誰も知らなかった埋もれた都市の発見といった考古学を彩る研究成果は、研究者のみならず、多くの人々に驚きと好奇心を与えます。考古学という研究分野は、浪漫のある世界として良く知られているのだと思います。わたしも高校生の時、考古学の世界に憧れた一人で、この気持ちはいまでもかわっていません。

英国 ストーンヘンジ

 世界各地にはいたる所に遺跡がありますが、日本国には468,835箇所(文化庁『埋蔵文化財関係統計資料―平成28年度―』)もの遺跡があることを知っている人は少ないと思います。皆さんは、平成28年度だけでも工事に伴う発掘調査が8,142件、学術的な発掘調査が293件行われ、大学の考古学研究室だけではなく、都道府県や市町村の教育委員会や埋蔵文化財センターといった機関もあわせて、発掘調査に従事する専門家が平成28年度では5,666人(文化庁『埋蔵文化財関係統計資料―平成28年度―』)存在することを知っているでしょうか? いま、日本の考古学は、世代交代の時期にあたり、発掘調査の技術を習得し、遺跡の大切さをわかりやすく伝え、そして将来の世代に歴史遺産を継承していくといった仕事のできる人材を強く求めている状況にあります。

考古学の魅力

 文字に記された歴史と同じくらい、文字に記されなかったものも大切であること。「未開」や「野蛮」といった言葉は一面的な見方であり、多様性を認めあうことが必要であること。これらは考古学が人類史のなかで貢献してきた成果のひとつです。文字を使用しなかった民族や社会についても、発掘調査によって、その世界独自の大切さがわかってきました。例えばハワイ島では、1778年のジェームズ・クックによる「発見」以前の文化が発掘調査や人類学的な調査によって明らかとなり、プウホヌア・オ・ホナウナウ遺跡など、階層的な社会が存在したことが判明しています。アメリカのコロラド州でも、ネイティブ・アメリカンが12世紀から13世紀に断崖絶壁の高地に要塞のようにみえる石造りの住居をつくったことが、メサ・ヴェルデ遺跡の調査によって判明しました。フランスのビブラクテ遺跡では、ローマと戦ったガリア人の集落が発掘され、野蛮とみられたガリア人がローマの文物を一部取り入れていたことが証明されました。

アメリカ合衆国ハワイ州 プウホヌア・オ・ホナウナウ遺跡
遠方にみえる家屋が歴代首長の霊廟。世界各地における国家形成を考える上で、ハワイは重要な地域である。
アメリカ合衆国コロラド州 メサ・ヴェルデ遺跡 
石を細かく砕いて要塞のようにつくられた建物は、鉄器を使用せずに建造された。
フランス共和国 ビブラクテ遺跡 
建物の基礎を手掛かりに往時の住居を復元すると、ローマとの関係性が浮かび上がってくる。

 わたしたちの身のまわりにも多くの遺跡があります。身近にあってあまり知られてはいない遺跡も、その地域に住む人々や地域の歴史的景観を復元する上では大切です。京都橘大学のある付近にも、中臣遺跡や大宅廃寺といった遺跡が存在しており、3世紀の邪馬台国の時代や古代の有力氏族である中臣氏が活躍した時代を考えるうえで欠かせない埋蔵文化財となっています。

 考古学の魅力は、人類の出現から現在に至るまで多種多様な人工物―モノ―を研究の材料として、それを自らの手で掘り起こし、自分の眼で観察し、考察を加えることによって、ともすれば忘れ去られてしまった歴史や文化をもう一度復元できることです。対象とする遺跡は、古墳や寺院といった政治的・宗教的なモニュメントだけではなく、キャンプの痕跡、日常生活の舞台となった集落跡など、また、遺物も石器や土器、青銅の鏡、鉄でできた刀や甲冑だけではなく、レンガや牛乳瓶にいたるまで、多種多様です。百年後、千年後には、いま私たちが使っているボールペンやコップも考古資料になるでしょう。私は後世の考古学者のために、デザインや形の変化がはやく、またよく捨てられることの多い缶コーヒーの記録をしているところです。

 身近にあるモノを手がかりとして、着実に、でも時々は大胆に歴史を描く。それが考古学の醍醐味です。世界の遺跡に興味がある人とも、徒歩数分のところにある遺跡に関心がある人とも、一緒に考古学の世界を学びたいと思います。

私の研究テーマ

 ①日本古代の土器がもっている歴史的特質を明らかにして、世界各地の土器文化と比較すること、②日本古代の国家形成について東アジア世界との交流といった観点からその特徴を考えること、③地域の歴史的景観を考古学的に復元すること、これが私の研究の3本の柱です。どれも分厚い研究の歴史と論争がありますが、身近にある遺跡や土器資料を手がかりに、同じ志をもった国内外の研究者たちと、この難問に挑んでいるところです。

推薦図書

◉『王陵の考古学』都出比呂志 岩波新書 岩波書店 1999年
 「日本の前方後円墳がもつ歴史的意義はなにか」、「考古学で古墳の調査をして何の役にたつのか」、この問いにやさしく、しかし学問的には深みをもってこたえた名著。

◉『古代日本 国家形成の考古学』菱田哲郎  京都大学学術出版会 2007年
 日本古代の国家形成について、豊富な考古資料と発掘調査成果をもとに体系的に論じた良書。


PROFILE

中久保辰夫  なかくぼ たつお 京都橘大学文学部歴史遺産学科准教授
大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻。博士(文学)。主な著書に、『野中古墳と「倭の五王」の時代』(大阪大学出版会、2014 年、共編著)、『日本古代国家の形成過程と対外交流』(大阪大学出版会、2017 年)、『シリーズ地域の古代日本6 畿内と近国』(KADOKAWA、2023年、共著(第2章担当))などがある。



page top