文学部歴史遺産学科の一瀬和夫教授が読売新聞「史書を訪ねて」で「宋書倭国伝」についてコメント

 来年の世界遺産登録をめざす百舌鳥・古市古墳群は、5世紀に巨大前方後円墳が続々と造られた時代で、小さな古墳に大量の鉄製武器や武具が副葬されており、戦争の時代だったとされる。中国の南朝・宋の歴史書「宋書倭国伝(そうじょわこくでん)」は、正式な外交文書を基に書かれていて、宋と交渉した倭(日本)の五王のことが記されている。「宋書倭国伝」について文学部歴史遺産学科の一瀬和夫教授は、古代に編纂された日本書紀では、倭の五王や中国・南朝との通交記録がなく「宋書倭国伝」は全く無視されていた。倭の五王がどの天皇にあたり、どの古墳に葬られているかを学問的に検討されだしたのは明治以降で、戦後になり、極めて客観的な記述で史実が書かれていることに評価を得たという。こうした人物の墓は巨大だったと思われ、築造時期や規模から、河内大塚山古墳が雄略天皇陵だと見ていると私見を述べ、倭の五王の何人かが百舌鳥・古市古墳群に葬られているのは間違いないでしょうと結んでいる。

【2018年11月27日 読売新聞に掲載】

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