田端泰子本学名誉教授が京都新聞「天眼」に「足利義尚の近江征討に参陣した公家たち」と題するコラムを執筆した。田端本学名誉教授は、近年の応仁・文明の乱後の戦国期研究が盛んになり、これらの研究から公家社会を眺めると、将軍家に随従するのは武家だけでなく、公家や寺社の僧侶も出陣していることに驚かされたという。長享元(1487)年の近江征討は、御料所や寺社本所領の返還しない近江守護六角高頼を討とうと、将軍足利義尚が坂本に出陣した。義尚出陣時の着到状には、多くの公家衆、諸大名、幕府奉公衆、奉行人の名前があり、この陣に21家の大名が参陣したことが若手研究者である小池辰典氏によって明らかにされている。義尚の近江出陣は公武の大きな期待を担っての出陣であった。出陣した公家衆は、甲冑を着け、多くの従者を引率している点でも公家と武家の垣根がかなり除かれていることがわかる。これらのことから、義尚の近江征討は、公家に武家奉公への道を確実に開く端緒をなった事件であるといえると結んでいる。
【2020年10月11日 京都新聞に掲載】