研究代表者:田中 真紀(京都橘大学 発達教育学部 児童教育学科・教授)
ジュニアアスリートにおける心身の発達と運動パフォーマンスおよびスポーツ障害との関連
③こころとからだ
2025年4月1日 ~ 2028年3月31日
本研究は、学齢期(小学生から中学生)のジュニアアスリートを対象に、心身の発達、運動パフォーマンスおよびスポーツ障害の関係を明らかにすることを目的とする。特に、認知機能(記憶力、判断力など)と非認知機能(やる気、忍耐力、自制心など)に着目し、それらが基礎体力やスポーツ障害発症に与える影響を分析する。これにより、競技力の向上のみならず、ケガの予防や健全な発育発達への寄与が期待される。最終的には、研究成果を基にジュニアアスリートに対する適切な指導法や評価ツールを提案し、地域のスポーツ指導者や教育機関と連携しながらその普及を図る。
本研究では、学齢期(小学生から中学生)のスポーツ競技者を対象に、心身の発達と運動パフォーマンスやケガの発症との関係を明らかにするために、認知機能と非認知機能を調査し、基礎体力や身体機能(有酸素能力、柔軟性、筋力、敏捷性、反応時間)、およびスポーツ障害の発症との関連を検討することを目的とする。本研究は、学齢期の子ども、特にスポーツ活動に熱心に取り組んでいる競技者(ジュニアアスリート)を対象とした初めての試みである。
本研究の独自性および新規性として、スポーツ活動に熱心に取り組んでいるジュニアアスリートを対象とするため、①一般的な活動レベルの同世代の子どもとの相違を明らかにできること、②これまで個別に示されてきた 認知機能と非認知機能について両者の関係を明らかにできること、③非認知機能が有するリスク、すなわちスポーツ障害の発症リスクを明らかにできる点において新規性と独自性がある。
学齢期におけるスポーツ活動は、体力の向上のみならず、肥満予防やメンタルヘルスの向上といった、心身の健康に好影響を及ぼすと広く認識されている。文部科学省が実施している「体力・運動能力調査」によると、子どもの体力は30年前と比べて、反復横跳びを除くすべての項目で低下していることが示されている。また、1週間の総運動時間が短いグループでは、総合評価が著しく低いことも明らかにされている。仮に、このまま子どもの運動不足が日常化すると、体力低下をさらに招くだけでなく、将来的に生活習慣病の罹患といった健康リスクを高める可能性がある。しかしながら、多くの子どもたちは、大人ほど健康リスクに対して高い意識を持っていないことから、子どもの運動習慣を促進する上で、健康リスクの側面だけにアプローチしても効果的とは言い難い。
一方、習慣的な運動が、子どもの認知機能を改善し、学力の向上にも寄与することも明らかにされている。Chomitzら(2009)は、子どもの体力(有酸素能力、筋力、柔軟性など)と学力(計算や英語)との間にポジティブな関係があることを示している。また、Chaddock-Heymanら(2015)は、9~10歳の子どもを最大酸素摂取量に基づいて、低体力群と高体力群に分類し、有酸素能力(体力)と学力や脳形態との関係を分析している。その結果、高体力群は、低体力群と比べて計算のスコアが高いこと、またスコアが高いものほど上前頭回・上側頭回・外側後頭回の皮質厚が薄い(脳機能が発達している)ことを報告している。つまり、運動習慣を定着させ、体力を向上させることは、心身の発育のみならず、脳機能の健全な発達、さらには学力の向上にも重要な役割を果たす。また近年では、これらの認知機能に加えて、やる気、忍耐力、自制心、他者との協力といった「非認知能力」の重要性が示されるようになってきた。非認知能力は、IQや学力テストでは測ることができず、学校やその他の場面で評価される性格特性や目標志向性、意欲、選考等とされ、学校など外的環境における成果との関連性が述べられている。非認知能力の中でも、より高い精度で予測できる基質として、Grit(やり抜く力)が注目されている。Gritは、「長期的な目標達成に向けた粘り強さと情熱」と定義されており、Gritの高さは将来の幸福感や良好な健康状態と関連することも報告されている。さらに、スポーツ活動による中高強度の運動に対する行動変容段階が、Gritと正相関を示すことも示されており、スポーツ活動はGritを高める要因であることも示唆されている。一方、Gritの高さとは、換言すると「我慢強さ」でもある。この「我慢強さ」は、学齢期におけるスポーツ活動では、競技力や競技成績の向上といった運動パフォーマンス向上のみならず、オーバーユースによるケガ(スポーツ障害)の要因になりうる可能性もある。しかしながら、スポーツ活動に熱心に取り組む子どもを対象に、心身の発達に関わる認知機能や非認知機能を調査し、運動パフォーマンスやスポーツ障害との関連を検討した研究は見当たらない。
京の子どもダイヤモンドプロジェクト(通称:京都きっず)に参加している、小学4年生から中学3年生までのジュニアアスリート約50名程度を対象とする。競技種目は、バドミントン、フェンシング、カヌー、ボート、スポーツクライミングである。本研究への参加に先立ち、選手と保護者に対して事前に本研究の目的と内容について文書で説明をした後、選手本人と保護者から研究への参加の同意を得る。また、京都橘大学研究倫理委員会の承認を受けて実施する。
測定項目は、認知機能、非認知機能、基礎体力および身体機能、スポーツ障害の有無を評価する。認知機能の評価には、新ストループテストⅡ(トーヨーフィジカル社)を使用する。非認知機能の評価には、Duckworth(2009)による、子ども用Grit尺度(8item Grit Scale For Children)の日本語版(山北, 2018)の質問紙を使用し、対象者に回答を求める。基礎体力および身体機能には、筋力(握力および等尺性膝伸展筋力)、柔軟性(長座体前屈距離、Heel Buttock Distance: HBD)、俊敏性(10m走、反復横とび)、跳躍力(垂直とび)、動的バランス能力(Star Excursion Balance test: SEBT)を測定する。スポーツ障害の有無に関しては、整形外科医および理学療法士によるメディカルチェックを実施する。
本研究では、学齢期のジュニアアスリートを対象に、心身の発達、運動パフォーマンスおよびスポーツ障害の関係を明らかにすることを目的とする。特に、認知機能や非認知機能と基礎体力・スポーツ障害発症との関連を詳細に分析することで、競技力向上だけでなく、ケガの予防や健康的な成長への貢献が期待される。研究の成果として、非認知機能とスポーツ障害発症のリスク因子を明確化し、ジュニアアスリートの健康管理や競技力の向上、ケガを予防するためのチェックリストを考案する予定である。この成果は、地域のスポーツ指導者や教育機関と連携し、実践的な指導法として普及させる。また、研究終了後は、外部資金の獲得を目指し、全国的なデータ収集やスポーツ科学分野での共同研究を進める。研究成果は国内外の学術誌で発表するとともに、講演会などのアウトリーチ活動を通じて社会に広く発信し、ジュニアアスリートの健全な発達を支援する基盤作りを行う。
ユニットメンバー
氏名 | 所属 | 職位 |
---|---|---|
氏名:田中 真紀 | 所属:京都橘大学 発達教育学部 児童教育学科 | 職位:教授 |
氏名:甲斐 義浩 | 所属:京都橘大学 健康科学部 理学療法学科 | 職位:教授 |
氏名:来田 宣幸 * | 所属:京都工芸繊維大学 | 職位:教授 |
*共同研究者(外部・客員研究員)