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京都河川教育

研究代表者:荻原 彰(京都橘大学 発達教育学部 児童教育学科・教授)

研究課題名

ICTを活用した河川生態系の観察を通して河川と共生する京都の未来を探る教育プログラムの開発

重点研究分野

②持続可能な共生社会 ~京都再生を中心として~

研究期間

2025年4月1日 ~ 2028年3月31日

研究概要

 京都は生態系の上でも歴史・文化の上でも河川と深いかかわりを持っている。しかし初等中等教育での河川の活用は進んでいない。これには専門的内容の指導への教員の不安、教科との関連性などいくつかの要因が挙げられる。本研究では岩倉川をフィールドとしてウェラブルカメラ、GIS(地理情報システム)、プロジェクション・マッピング、VRなどのICTの技術を河川教育に向けて統合したシステムの開発と小学校での実践を行い、河川教育を京都の学校教育に実装していくことをめざす。

研究目的・意義

 京都市は鴨川に代表されるように河川が人々の生活や文化と深いかかわりを持ち、鴨川水系は大都市を流れる河川としては異例な清流であり、豊かな生態系が成立している。しかし申請者の教員研修等での聞き取りの経験からすると初等中等教育での地域の河川の教材化はあまり行われておらず、教育資源としての河川の活用が進んでいるとは言えない。これには事故等のリスクを避けるという理由もあるが、教育内容にかかわる理由としては、①専門的な知識が必要とされる河川生物の同定等、観察に対する的確な指導について教員が不安を持っている。②観察結果の処理が煩雑であり、また観察結果を生態系概念につなげる等の教科の深い理解に結びつけることが難しい。③河川やその流域の見学・観察にさける時間は限られており、見学等は学校周辺の限られた地点に限定されるため、河川の全体像の把握が難しい といったことがあげられる。このような教員の不安や労力を軽減し、地域の河川の教材化への障害を小さくすることができれば、優れた教育資源としてのポテンシャルが大きい京都の河川の教育利用を促進することが期待できる。そこで本研究では、次の3つの目的を設定する。

①ウェラブルカメラとAIを活用した自然(生物の他に地形など無機的環境も含む)観察・生物同定を支援するシステムの構築

②各児童の観察・同定の結果を共有し、児童が環境の多様性とそれに対応した種の多様性を認識して、生態系概念を獲得することを支援するシステムの構築

③VRを活用し、児童が流域の文化や歴史、治水・利水といった事項について仮想的に体験しながら調べていくことのできる河川とその流域のVR辞典の作成

研究背景(重点研究分野選択理由)

 納涼床で夏の川辺が楽しまれてきたように、京都では古くから河川が親しまれてきた。今後も市民と河川との良好な関係性を維持していくためには、市民が河川に対して関心を抱き、河川生態系等についての一定の知識と河川環境の維持改善についてのモチベーションを持つ必要がある。その基礎を培うのは初等中等教育であるが、上でも述べたように、教員の労力や専門性等の様々な困難点があるため、河川の活用が進んでいない。そこで本研究では、困難を克服するためのアプローチとして下記のようにICT活用を提案する。なお実践は申請者が現在共同研究を行っている京都市内の小学校で行い、フィールドは岩倉川とする。

①児童が装着したウェラブルカメラに生物と生息場所の環境を画像と音声で記録し、画像からAIを用いて同定(同定自体は観察後)を行うシステムを試行する。これにより同定や記録にかかっていた時間、労力の軽減、「専門的知識が必要」という教師の心理的負担を軽減することを試みる。

②ウェラブルカメラの画像と児童の音声記録を地理情報システム(GIS)上で共有し、生物種、瀬と淵の別、植生、底質など生息場所の特性をシステム上の河川に展開することを試みる。それにより、環境の多様性とそれに対応した種の多様性を認識して、生態系概念の獲得につなげていくことができる。

③流域の特色となる地形、文化等を小学校教員と申請者、児童で取材し、VR化して「岩倉川辞典(仮称)」を作成し、理科や社会科の学習につなげる。

研究計画・方法

 上にも述べたように本研究は、①観察を支援するシステム、②観察結果を共有し、表現し、議論を支援する観察結果の処理システム、③VRにより流域の学習を支援するシステムの3つの構成要素を持つ。昨年度(2024年度)に河川生物観察の実践を行っており、それと比較すると本研究の研究手法の特性がわかりやすいので、昨年度の実践と比較も交えながら述べていく。

①3人一組の児童チームを岩倉川の観察地点に配置し、生物とその環境(瀬と淵の別、植生、底質、水深)をウェラブルカメラに動画・写真で撮影するとともに音声で環境を記録していく。昨年度は児童がワークシートで環境を記録し、生物の同定については、生物を採集し、のちほど教員が同定していた。これは学校が行う河川生物観察では標準的な手法と思われるが、かなり煩雑で児童と教員の負担が大きい。ウェラブルカメラの活用により負担を軽減し、児童は観察に専念することができる。同定はその場で自動的に行えれば理想的であるが、現状では難しいので帰校後、生物の画像を切り出し、AIを用いて行う。自動的な画像の切り出しとAIによる判別のシステムは本研究において開発する。

②各チームの観察・同定の結果をGIS上の岩倉川観察地点に貼付し、共有する。ここでは児童の生物への親しみと観察・表現のスキルを促進するため、動画だけではなく児童の生物や環境のスケッチも併用する。GISはタブレットで見られるようにする。プロジェクション・マッピングで一覧できるようにすることが望ましいが。その試みは来年度以降に行う。

③上記①、②とはやや関連性は薄いが、申請者、教員、地域の文化や自然に詳しい方、有志の児童とでチームを組み、児童に知っておいてもらいたい岩倉川流域の事物を取材し、VR化して流域の文化や歴史、治水・利水といった事項ごとにまとめるとともに岩倉川の地図上からもアクセスできるようGIS上に展開した「岩倉川辞典」の作成を開始する。

期待される研究成果および地域・社会への発信

 本研究の地域・社会への貢献は下記のように大きく3つにわけることができる。
①河川生物の調査及び調査結果の生態系学習への展開を支援するシステムを構築することにより、初等中等教育における河川学習を促進する。それがひいては京都市民の河川への親しみを増し、健全な河川生態系の維持への動機づけを促進することにつながると考える。教育実践は一つの学校で行うが、実践の試行によって、システムを改善していき、将来的には鴨川水系の他の河川と学校にも広げていきたい。それらの学校間で交流を進めていけば、学校間の河川教育ネットワークを形成できる可能性もある。なおこのシステムは学校だけでなく市民による河川調査にも適用可能である。

②観察結果の共有・表現においては写真や動画だけでなく児童のスケッチや説明図を使用する。その部分を切り出すと児童による河川生物と生物のクラス環境の絵画表現(動きの表現も入れるので正確には動的な絵画表現)となる。今後の教育の進むべき方向の一つにSTEAM(Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics)があるが、この研究は芸術と科学を教科横断的に統合する試みともなる。描いた絵を仮想の水域で動かすアプリケーション自体はすでにリコー等により開発されているが、現実の観察結果を表現し、そこからさらに学習を深めていくメディアとしての活用はおそらく本研究がその嚆矢となると考える。

③河川の流域の事物をVR化して疑似的にではあるが体験的に河川に関する自然や文化、歴史等を学ぶことができる一種の副読本「岩倉川辞典」を作成することは、実践校だけでなく、岩倉地域の他の小学校で利用できる可能性がある。申請者の経験では、公立学校は河川の教材化に熱心な教員が優れた実践を行っている場合でも、その教員が転勤してしまうと実践が引き継がれないことがしばしば起きる。「岩倉川辞典」はそのような状況を改善できる可能性があり、またこの辞典を範例となった他の河川にも広げていくこともできると考えている。

研究成果の公表は工学関連の学会、教育関連の学会で行う。

ユニットメンバー

氏名 所属 職位
氏名荻原 彰 所属京都橘大学 発達教育学部 児童教育学科 職位教授
氏名吉田 俊介 所属京都橘大学 工学部 情報工学科 職位教授
氏名多田 泰紘 所属京都橘大学 経営学部 経営学科 職位准教授