文化交響Vol.2 大津春の陣 固定観念を討ち、知の秘境へ挑む!~歴史・文化・AIがひらく未来への扉~

Special!

[クロストーク] 物語を紡ぐのは人間か、それともAIか。歴史文化が秘める未来創造のヒント。

AIが進化する今、人間の創造力や教養はどのように未来と結びついていくのか。
歴史・文化・テクノロジーが交差する最前線で、新たな学びに挑む特別講演会が開催された。
パネリストは直木賞作家の今村翔吾さん、清水寺執事・教学部長の森清顕さん、AI研究の第一人者・京都橘大学工学部長の松原仁さん、教育工学の旗手・京都橘大学工学部教授の大場みち子さん。
FM京都DJ・前田彩名さんの進行で、人間とAIとの未来について語り合った。

※本記事は、2025年3月25日に大津市伝統芸能会館で開催されたイペント当日のクロストークの内容を編集して掲載しています。

観覧席には120名もの聴衆が集まり、5人の話に熱心に耳を傾けていた

「ルーツ」を探る
創造の原点は?教養とは?

前田 皆さんそれぞれの、「創造」の原動力を探っていきたいと思います。まずは今村さん。

今村 私は小説のネタが尽きることはありません。常にアイデアが生まれ続けていて、その中からより良いものを30個ほど残して、頭の中にストックしています。私が書くのは歴史小説ですが、現代に通じる普遍的なテーマや人間の考え方が大きく変わった転機を見つけるようにしています。アイデアは行動とともに生まれやすく、日常の中にこそ、創造のヒントがあると思っています。散歩しているときも、目に入った景色を頭の中で文章にしてみる練習をしています。

歴史小説・時代小説家
今村 翔吾(いまむら しょうご) さん

1984年京都府生まれ。滋賀県在住。
「童の神」で第10回角川春樹小説賞受賞。第160 回直木賞候補にもなった。2021年『羽州ぼろ鳶組シリーズ』で第6 回吉川英治文庫賞受賞。2022年『塞王の楯』で第166回直木三十五賞受賞。また、講演・テレビなどに出演する一方、若者に読書や言葉の大切さを伝えることを目的とした一般社団法人ホンミライの代表理事を務めるほか大阪府箕面市にある書店を事業承継した書店『きのしたブックセンター』を皮切りに3店舗のオーナー。

前田 まさに、創造と日常が繋がっているのですね。大場さん、AIやデジタル技術は教蓑を深める上でも有用でしょうか?

大場 教養を深めるためには、読書が欠かせません。とはいえ、普通に本を読むと一日に読める量には限界がありますよね。そこで私は、Audible(※1) やKindle(※2)の読み上げ機能をフル活用しています。3倍速で聴けば、短時間でも多くの情報を取り込めるので、一日2~3冊読むことができます。こうした技術を使えば、たくさんの本に触れることができ、豊かな教養をインプットすることができます。

※1 アマゾン社が提供するプロフェッショナルのナレーターが書籍などを朗読するオーディオブック
※2 アマゾン社が提供する電子書籍関連サービス

松原 AIの研究では、「人間の知的活動をいかにコンピューターに担わせるか」がテーマです。私は子どもの頃から将棋が好きだったので、最初に書いたプログラムは「将棋のAI」でした。今では、小説や漫画をAIに書かせるプロジェクト、旅行や観光、スポーツなど、自分の好きなことをすべてAIと結びつけて研究しています。好奇心があれば、研究の世界はどんどん広がっていきます。

前田 森さん、「教養」とは一体、何でしょうか。

 難しい質問ですね(笑)たくさん物事を知っている人を教養のある人というなら、コンピューターが一番の教養人だと言われた先生がおられました(笑)。現代社会は情報が溢れ、スマホ―つで即座に知りたい情報、知識を得られます。しかしその知識が、腑に落ち自らの血肉となった時、智慧へと大転換する。我が身に馴染んだものが教蓑だと考えます。この情報や知識が智慧となる過程には、「自分」というフィルター、「自分の物差し」が介在するのです。でも、その物差しが偏っていないか不安になります。この軌道修正を宗教や哲学、倫理といった「明鏡」が果たすのです。自分の物差しに固執しすぎず、柔軟に捉え続ける姿勢が、情報を教養ヘと高めていく鍵になるのではないでしょうか。

清水寺 執事 教学部長
森 清顕(もり せいげん) さん

立正大学大学院修了。博士(文学)。現在は京都市社会教育委員会副議長や大学の講師も務める。また、自ら企画しパーソナリティを務める番組「西国三十三所トリップアラウンド33」をはじめとするラジオ関連の活動、執筆活動など、親しみやすく観音信仰や仏教を伝える場づくりに取り組む。新しい学びの場として[清水寺学峯]を企画・展開中。

物語を紡ぐのは人間か
それともAIか

前田 AI作家は近い将来、誕生するでしょうか。「作家」という職業は、今後どうなるのでしょうか。

松原 私は2012年に「きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ」という研究を始めました。これは星新一賞にAIで挑戦するという研究で、一次審査を通過し、ニュースにもなりました。今は、さらにAIが進化して、ベスト10まで入った作品も出てきています。私たちはAIを活用することで、今までなかったような小説が生まれるのではないか、という思いで取り組んでいます。AIが発展するとより小説が書きやすくなる、作品の幅が広がる可能性がある。そうなると読者としても小説がもっと楽しいものになる。「人間とAIの共存・共生」とはそういうことを意味します。AI作家が心を宿すレベルには現在は至っていませんが、ゆくゆくは直木賞もとれるかもしれないですね。

今村 私はAIに、もっと進化してほしい。AIが星新一賞の一次審査を通過したということは、数百人の人間の作品を超えたわけで、脅威に感じる作家がいても当然です。でも私は、むしろAIが進むことで、人間の手で生み出される「ハンドメイド」な物語の価値が高まると思っています。決められたルールの中でAIはとても強いですが、作家は「ルールをいかに逸脱するか」というのが勝負所です。この「逸脱力」というのは、読者との「対話力」です。「痛み」や「喜び」など、読者の最大公約数とどれだけ接点をつくれるか、これが良い作品につながるのではないかと思います。ここにAIが追いついてくると本当に面白くなってきますね。

大場 今村先生の作品は、臨場感に溢れていますよね。AIでは表現できない世界だと感じます。Alは過去の出来事から抽出してくるので、誰かの真似をすることは得意ですが、新たな発想は難しい。今村先生のようなユニークな考えをもつことが、新しいクリエイティブな活動につながるのだと思います。

今村 いまは人間の方が勝てると思いますが、10年後はわかりませんね。作家とAIで短編小説の対決をしたりして、良い意味で切磋琢磨したらいいと思います。AIは、かなり人間に迫っている感はありますが、最後の1%は埋まらない何かがある気がします。

 その埋まらない1%こそが、身体性だと思います。仏教の教えを知っていても、悟れません。教えを体感することで教えに身体性が生じ、自らの生き方が変わります。同様に私たち人間は、身体や五感を通じて、情報が智慧になることで発想や限界を突破する力が生まれてくるのだと思います。私たちは不確かな揺らぎのある存在です。この不確かさこそが、創造の源です。完璧さだけを求めるならAIに任せればいい。AIと対峙する上で大切な力になると思います。

「塞王の楯」の誕生秘話

前田 今村さんが直木賞を受賞した「塞王の楯」は大津城が舞台。どんな思いが詰まっているのでしょうか。

今村 この作品が直木賞になって本当に良かったと思っています。こういう題材は皆さんが思っている以上に滋賀にたくさんあります。実は、この小説は、2018年の韓国海軍レーダー照射問題から着想を得ました。ニュースを見たとき、「敵意の認識」が戦争の引き金になるのでは、と考えたのです。一方で、戦争を「終わらせる」とはどういうことだろうかと。今日のAIにも言えることですが、科学の進歩はイタチごっごなんですよね。そこで、武士ではなく当時の技術屋という、職人の視点から戦を描くことで、始まりと終わりをより鮮明に描こうとしました。攻守の守りの方は穴太衆ですぐに決まって、攻める方、鉄砲の生産地第一位も滋賀の国友衆。両者がぶつかったのは大津城ということで、舞台がすべて滋賀になりました。

大場 戦の最中に石坦を積み直す描写のリアリティも印象的でした。

今村 「穴太衆城に入りて大いに活躍せり」という奇妙な一文が史料に残っていて、でも穴太衆が何をしたかはわかっていない。となると、これはもう作家の出番だと。「童の神」という作品も、「禁中災あり」という歴史書に書かれた一文から膨らませて書きました。私の創作は、遠くに全く関係ない島のようなものを置いて、そこと考えているものが繋がるか何度も試すような、そういう作業をしています。

前田 穴太衆というと、清水寺とも縁があるそうですね。

 清水寺の石垣も穴太衆の石積みです。清水寺にも、現代ではできない技術がたくさん用いられています。現在の伽藍は、1629年に焼失して、1633年に再建されたものです。あの建物をわずか4、5年で直そうと思ったら、境内に鍛冶屋さんや大工さん、その世話をする人たちがそこに住んで、延べ何万人という人間が動かないと無理だと思います。

今村 技術って不思議ですね。ロストテクノロジーというか、どんどん失われているものがある。必ずしも新しいものが最高ではないところがおもしろいと思いました。

前田 そこを描くことで後世に伝えるという役割を、今村さんの作品も担っているように思います。

松原 技術や文化の消失に備えて、AIを活用する研究が始まっています。例えば、石積みの技術をAIで記録しておけばそれを通じて、先人の技術を学べます。人口減少や継承者不足で消えてしまう伝統技術や古典芸能もAIが未来に繋げられるのではと期待しています。

京都橘大学 工学部長・工学部情報工学科教授
松原 仁(まつばら ひとし) さん

東京大学大学院情報工学専攻博士課程修了。通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)研究員、公立はこだて未来大学教授、東京大学教授を経て、2024年4月から京都橘大学教授。専門は人工知能。ゲーム情報学、観光情報学研究に取り組む。人工知能学会元会長。

歴史・文化・AIの掛け合わせで何がうまれるか

 人の命には限りがあります。私たち人間が生み出す文化や伝統は、有限だからこそ美しく、貴重なものです。だからこそ、人は何かを残そうとし、文化や知恵を積み重ねてきました。それが、失われそうにある今、永遠性を持つ存在としてAIやデジタル技術があります。大切なことは、AIで再現させるときに、どれだけの有益性をもたせられるか、ということ。仏教の世界も、メタバースやバーチャルリアリティ(VR)技術を使って仏様を表現するなど、新たな伝え方が生まれる可能性はあります。ただ、仏教の本質は変わりません。変わるのは「伝え方」なのです。

前田 デジタルメディアはどのような可能性がありますか。

大場 京都橘大学は2026年、デジタルメディア学部(※3)を新設予定です。ここでは、クリエーションとエンジニアリングを掛け合わせた新しい学びを展開します。例えば、大津城の天守を歴史検証しながらVRで再現して「塞王の楯」の世界を創ってみる。そこで小説に出てくるシーンの解説や今村先生の目線でみていくことができたりすると、より臨場感をもって伝えることができます。子どもたちもその世界に入り込み、文化を体験として学ぶ。それが物語にふれるきっかけや歴史を身近に感じるようになるのではと期待できます。

京都橘大学 工学部情報工学科教授
大場 みち子おおば   こ さん

2026年4月からデジタルメディア学部(※3)学部長就任予定大学卒業後、日立製作所システム開発研究所に入社。公立はこだて未来大学教授を経て、2023年4月から京都橘大学教授。専門分野は情報基盤、科学教育・教育工学、人間情報学。システム開発・作文・作曲などの知的行為をパズルやワークシートの操作から分析・活用するシステムを研究。 

※3 すべて仮称。2026年4月開設予定(設置構想中)。計画内容は予定であり、変更となる場合があります

前田 今村さんは、小説の創作にテクノロジーを活かすような挑戦もされていますか。

今村 今、映像化、アニメ化を前提とした小説を書いています。プロジェクトチームでアイデアを出し合う際は、ChatGPTも使っています。似通った案も並びますが、その隙間のようなところに、ひらめきが生まれることがあります。情報収集でも役立つので、編集者も脅かされそうなほど、いい相棒になりつつあります。このプロジェクトは3年後くらいにお披露目できそうです。

前田 松原さん、人間のような心を持ったロボットの誕生、AIと人間が作り出す社会についてのお考えは?

松原 AIには身体がありません。そのため、リンゴの見た日や手触り、味を「記号」として処理することはできても、実体験として理解することはできない。これを「記号接地問題」と言います。また、人間は考えるときに「この範囲で考えれば十分だ」と自然に判断できますが、AIはそれができず、あらゆる可能性を探ろうとしてしまう「フレーム問題」も抱えています。つまり、AIが人間に近づくには「身体性」が不可欠なのです。そこで近年は、身体を持つロボットにAIを組み合わせた「AIロボティクス」が注目されています。ロボットが目や耳、皮膚のようなセンサーを持ち、AIと連携することで、人間とは異なる形での「感性」を持つのではないかと考えています。私の夢は、家庭に一台「パートナーロボット」が誕生し、話し相手や家事の手伝いをしてくれる社会が訪れることです。2026年度からは工学部ロボティクス学科(※3) も開設する予定なので、ぜひ興味のある皆さんと一緒に学びたいと思います。

自分をより深く考え
AIとともにある未来へ

前田 最後に、皆さんからメッセージを。

ファシリテーター
前田 彩名(まえだ あやな) さん

a-STATIONでは【UICKRadio】などを担当。そのほか、テレビやイべント司会など幅広く活動。自然体かつ柔らかな語り口が好評で、音楽はもちろん様々なテーマの番組DJを務める。

大場 今村さんの『てらこや青義堂師匠、走る』がとても好きです。この作品の子どもたちのように、自立して考え、行動できる学生を育てたいと思います。これからの未来を創る若い世代の皆さんが、のびのびと活躍できるようしっかりとサポートしていきます。

松原 AIは決して人間と競い合う存在ではありません。あくまで道具です。その道具をどう使うか、どんな未来にしていくかを決めるのは私たち人間です。大切なのは、自分で考えて判断し、行動すること。その姿勢をもってAl、ロボットと共生していく未来を築いていきたいですね。

今村 そもそも、なぜ人間はAIに負けてはいけないのでしょうか。AIを根本的に恐れるのは、自分の存在意義が脅かされるのではないかという人間の弱さだと思います。でも、人間にはそれを乗り越える力があるはずです。歴史を振り返っても、そういう局面は幾度もありました。AIの可能性も信じますが、それ以上に人間の可能性を信じています。

 AIの進化によって、これからは「人間とは何か」がより深く問われる時代になると思います。そういう時代だからこそ、技術だけではなく、歴史、文化、哲学、宗教など、複数の領城を横断して学ぶ「学際的な教養」が大切になるのです。学ぶのに年齢は関係ありません。今からでも学び始められる。そんな学びの場が、多様な人々のいる大学で広がっていくことを切に願っています。

文/飯田若菜 写真撮影/フォトスタジオスピカ 北村拓也 デザイン/Beanstalk 表紙「大津春の陣」題字/井口藍さん(京都橘大学文学部日本語日本文学科書道コース3回生/書道部部長)

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