12月5日(金)、「ちいさな総合出版社」として知られるミシマ社の創業者・三島邦弘氏による特別トークショー「就職の軸"面白い"の見つけ方」を開催しました。 このイベントは、変化の激しい時代において、どのようにキャリアを切り拓いていくのかを考えるヒントを学生に届けたいと、キャリアセンターが企画したものです。 当日は、本学が運営する「たちばな教養学校 Ukon」の学頭であり、編集者・読書案内人の河野通和氏がナビゲーターとして登壇。三島氏との対話形式で進行しました。

(河野) 今日は「就職の軸 面白いの見つけ方」というタイトルで、三島邦弘さんの『出版という仕事』刊行記念トーク・イベントを開催いたします。
三島さんと私が最初に会ったのは、三島さんがミシマ社を立ち上げる前にある出版社に勤めている頃で、2000年ぐらいだったと思います。三島さんが25歳ぐらいの時でした。インターネットという、今で言えば生成AIみたいなものが新しい社会を作り始めていた時に『インターネット的(糸井重里)』という本を作ったり、いろいろな若い起業家たちのインタビュー集『ジャパニーズ・ドリーマーズ』という本を作ったりして、「これからの生き方」をみんなどう考えたらいいのかといった著作を意欲的に手がけている若手の編集者でした。
2006年に今のミシマ社を立ち上げたわけですから、来年が創業20周年になります。 20年という年月は、皆さんなかなかピンとこないと思いますが、20年後、君たちはどうしていると思う? 元気で働いているだろうか? 職を見つけた先で楽しんで仕事をしているだろうか、生き生きしているだろうか。結婚していたり、いろいろ境遇も変わっているかもしれない。
2006年に三島さんがミシマ社を立ち上げた時は、決して出版の世界は右肩上がりの景気のいい時代ではなかった。
それにもかかわらず、あえてそこに名乗りを上げた。
業界は景気が悪いけれども日本に出版社はたくさんあった。100あったとしたら101番目にわざわざエントリーしたわけです。 誰も期待しない、注目しない状況の中に飛び込んでいった。
それは、「自分で思う存分好きな本を出したい」、「価値ある本を一人でも多くの読者に届けたい」という夢を三島さんが持っていたからです。そこに「面白さ」を見いだしていたからです。そこからの20年は大変なことです。
今日は「これから仕事を見つけよう」という人と、「20年その仕事を続けられるか」ということを含めて、三島さんのお話を聞くという貴重な機会です。
それでは三島さんに自己紹介を兼ねて、お話しいただきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。
(三島) 皆さんこんにちは。2006年10月にミシマ社という会社を最初、一人で作りました。今は京都と東京の自由が丘、2拠点で活動しています。社員も今10人ぐらいですね。
今、僕が思っているのは「確率論」で人生が決まっていくわけじゃないということ。 2006年のその時点で、出版社を作るという行為は、はっきり言って100% NGでした。河野さんの同僚の方々の先輩方も知り合いにいたのですが、「出版社っていうのはみんな作りたいと思って、全員挫折して、ほとんどは潰れる。これはできないっていうことなんだよ」と諭されたこともあります。
実際そうで、過去30年で出版業界は、最高2兆円だった産業が現在約8000億円と半減以下に衰退しています。普通に考えたら将来性のない業界になる。そこで出版社を作るということは、無謀というほかない。
だけど自分の中ではやれるという想いがありました。具体的には、取次(問屋)を通さずに本屋さんに直接卸すという「直取引」という手法を使ったこと。もう一つ、そもそも出版業界はダメになっていると言われているけれども、本当にちゃんとしたやり方をみんなやっているのかという疑問がありました。
【従来の仕組み】 出版社 ⇒ 取次(問屋) ⇒ 書店 ⇒ 読者
【ミシマ社の仕組み】 出版社(ミシマ社) ⇒ 書店(直取引) ⇒読者
当時の出版業界はどんどんどんどん売り上げが落ちているのに、どんどんどんどん作っていました。売り上げを維持するために、とにかく一人の編集者が作る冊数を2倍3倍にしていました。年間5冊ぐらい思いを込めて一生懸命作る時代から、僕が1999年にサラリーマンとして編集者になったそこからの4、5年は一番多い時で年間15冊ぐらい。月1冊を超えていました。
今もあまり改善されてなかったりしますが、当然クオリティは落ちます。「本」というものの本質をとらえると、生鮮食品みたいに今日明日で鮮度が落ちるものではないわけです。 自分にとって出会った時がその本との大切な本と自分の一期一会かもしれないし、10年後20年後、何か自分を支えてくれるかもしれない。そういう言葉に出会えるかもしれない。そうしたことが本というものの良さだとしたら、その本質をしっかり考えて活かす。一番の本質は何かということを、きっちり押さえてやりさえすれば出版社をやっていけるのではないか。いい本をつくり、それを大切に営業しつづける。そこをまずは徹底してやることから始めたいと考えたのです。
その考えを、「一冊入魂」という言葉に込めました。それをやっていったら、なんとかやれる。全く根拠はないですよ。根拠はないけれども、「ある種の自信」みたいなのがあった。根拠もない自信は、結構自分を支えてきたかなと思っています。
業界はそういうふうにダウンしている中、ミシマ社は僕一人で始めて今10数人メンバーがいる状況で、事業としても成長している。斜陽産業だから衰退産業だからダメということではなく、基本に忠実にやっていきさえすれば、ちゃんと成長していける。実感としてこの20年感じています。だから、皆さんがこれから就職を考えた時に、自分がどうやって生きるかを本当にしっかり考えて、「どう生きたいか」という問いをまず持つことが大事と思います。
「どう生きたいか」という問いは「何になりたいか」という問いとは違います。例えば編集者とか消防士とか、「何になりたいか」という問いの答えをすぐに見つけられている人はすごいと思います。僕は大学生の時全然見つけられなくて。 だけど、「どう生きたいか」という問いに関しては、「面白く生きていきたい」と思っていました。いろいろな生き方があると思います。とにかく安定して生きたい、それもいいと思います。でも自分の中で、生きていく中で最もこれだけは譲れないという価値軸を、もう一回問い直したら、そこから見えてくる職業や職種もあると思います。仮にそれが、最初思っていたものと違っても、「面白く生きていく」という軸から外れていなければOK。たまたま編集者という仕事に出会ったけれども、僕は経営者にだけはなりたくないと思って生きてきました。だけど31歳になって気づいたら自分で会社を作っていて、もう否が応でも経営者にならざるを得なかった。が、それも「面白く生きていく」という価値の中で回収できる。「あ、そうか、経営っていうのも面白く楽しめばいいじゃないか」というふうに思えたら、苦手と思っていたこと、やりたくないって思っていたことも、反転していく。

(河野) 「一冊入魂」はまさにミシマ社の理念であって、本当にそういう本作りをやってきたのが三島さんです。25歳の頃、最初に会った頃の三島さんは、物静かな人でした。喋らない。でも、見ていて内に秘めているものをすごく感じさせました。今日のように自分のことを能弁に語るという人ではなかった。でもなんかこう不敵なやつだなというか、心の中に何か持っているなと感じました。「面白く生きたい」という言葉にその時出会っていたかどうかはわからないけれど、モヤモヤっとしたそういう情熱の塊を持っている人だろうとは感じました。
本を作るというのは一つの例ですから何でもよいのです。ある仕事をするにあたって、こういう仕事を当てがわれてるからやってますという人と、自らの内なる欲望と繋げて自分の頭で考えて身体を動かしている人では全然違って見えますよね。 これから先の世の中がどんなにAI社会になろうが、変わっていかない部分だと思います。
「面白く生きたい」だけではないです。三島さんがおっしゃっていたように、人の喜ぶ顔を見たいとか、家族を安心して養っていきたいとか、本当にいろいろな動機があると思う。それぞれにいわく言い難い何かがあると思うんです。「こういう生き方はしたくない」というのもあるかもしれない。「これだったら自分の生き方として人に誇れる」、「自分を支えていける」、「自分を信じられる」、そういった何かを成長の過程でみんな持っていると思います。就職は一つの入り口かもしれないけれど、別に会社に勤めなくてもいいと思う。いろんな道があると思う。
一番大事なのは、まずその何か自分の中のモヤモヤした説明しづらい願望、輪郭のはっきりしない夢、根拠のない自信かもしれないし、これだったらやっていけるっていう予感というか、そういう微かな電流みたいなものを見逃さないということを今のお話の中から頭の隅に留めておいてほしいと思います。
(三島) 一言で言うと、「正解」が他者にあるわけじゃないということです。自分にとっての正解は自分にしかない。今、基本的にどこかに答えがあるという風に考えられがちです。皆さんが多分もう生まれた時から普通にネットがあって検索エンジンがあって、ちょっと調べたら教えてくれる。今AIが発達してどんどんそうなってきています。AIに相談していたら、20年前僕はミシマ社を作ってなかったと思う。確率論的には、99%やっちゃいけないことなんですよ。
それでも、僕の中で確かにこれはいけると考えました。というか、正解が自分にしかない、自分の中にあるって思えたら、失敗しようが辛いことあろうが、全部それは自分にとっての正解になっていける。でも、先生がこう言ったから、親がこう思うからとか、他者視点に自分の軸をおくと、「いやあの人が言ったことで」となってしまい、全部が他者責任になる。自分の人生は自ら主体的に生きる。そこからだけは離れない。どう就職しようがどう生きようが、大人になるということは、自分で責任をとるということ。学生と社会人との最も大きな変化はそこだと思う。
一度そこを覚悟すると途端にいい仕事をして、全部の人生が好転し、全てが楽しくなっていく。本当にそうなると思うので、皆さんもそんな風になってほしいなと切に願います。
(河野) 皆さんにとって歩きながら音楽を聴くことはいまや当たり前かもしれない。ところが、それが当たり前じゃなかった時代に、歩きながらでも音楽が聴きたいな(聴けるといいな)と思った盛田昭夫という経営者がいました。「いや、そんなもの売れないですよ」と反対されながらできたのがソニーのウォークマンという世界的な大ヒット商品です。あれで本当にライフスタイルそのものが変わりました。音楽が大好きで、どこでも、いつでも、何をしながらでも聞けたらいいな、というそういうアイディア、衝動から始まりました。
ネットを検索をしようがAIに問いかけようが、すでにあるデータの中から「これをしなさい」と返ってくる回答に、「あ、それは誰も考えたことのないアイディアだ」というのはありません。「問い」は自分が生み出さなきゃいけないし、返ってきた答えに対してさらにそれを問い直して行動を起こすのは本人です。
(三島) はい、そうですね。この瞬間だって、今この瞬間生成されているわけですよ。皆さんは30分前僕がこんなこと話すと思ってなかったと思うし、ここでこういう風な方々が一同に介することも誰も想像してなかったと思います。この瞬間も、自分の人生は更新されていっている。それはビッグデータにはない。いくら集めても、僕が今日ここでこう話すというのはないのです。だって今この場で考えて言っているのですから。データに頼っている限り常に後追いです。人生は本来全部新しいもの。だから、AIに聞くとか検索するというのにあんまりかぶりついていると、気づかないうちに主体性を失いかねない。僕はそうだと思います。
(河野) 今、何かと「多様性」とよく言いますが、多様性というのは当たり前の話で、生まれ落ちた瞬間から一人一人がみんな違う。全員がバラバラ。同じ日本に生まれて日本語喋っているから同じように見えているけども、一人一人を見れば全然違う。その違いや人とのズレ、感受性や認識、考え方の差異。そのあたりを感じ取るる力こそが大切です。それがまさに"面白いの見つけ方"。ネットやAI、いろいろな便利なものを利用するのももちろんいいけれど、最終的には、やっぱり自分はこっちの方に行ってみようかという「直感」みたいなものを大事にしてほしい。

(三島) 旅をしたらよくわかりますけども、旅先でスマホの電源がなくなった、落としてしまった。どうするか。そこからどうやって生きていくか。昔、バックパッカー、旅人を名乗っていた時があります。当時、もちろんスマホは無いです。だけど初めて降り立った地で、海外で、多分こっちに宿あるんじゃないか。それを外したら大変です。20時間ぐらい電車に乗ってようやくたどり着いた場所で、とにかく寝たい。その時に、宿が見つからないと本当に辛い。大げさに言うと生死に関わる。そうした時に、パッと、疲れた中でも感覚が働く。もちろん失敗もあります。こういう経験が自分の直感みたいなものを磨いてくれたかなと思っています。今こういう風にスマホが発達した時代でも、何か日々ちょっとしたことで、体験可能だと思います。大学までの道を全くスマホを見ずに、ふだんと違うルートで行ってみるとか。たぶん、感覚開かれると思いますよ。
(河野) そういう直感というのはこれからますます大事になっていく時代だろうと思います。20年という話をさっきしましたけれど、三島さんが出版社を立ち上げた20年前から、立派に今までちゃんとその会社を生き長らえさせてきて、いい本を作り続けて、一冊入魂をずっと守り続けていることはすごいことです。いまから20年先のこと、誰も正解を知らないですよね。これから日本は本当に人口減少がどんどん進むでしょう。地球の資源も枯渇していくでしょう。気候もますます変動するでしょう。もういろんなことがあって世界がどうなっていくかわかんないという中で、こうやっていれば大丈夫ですよという正解を持っている人はいません。データの世界にも答えはないわけです。
だからそれをどうやって手探りで探していくか。その暗中模索の過程で、皆さんのそれぞれの感じ方とか、自分はこう生きたい、あるいはこういう生き方はしたくない、とか、いろんな物語がそれぞれの中に立ち上がってくるはずです。だから最初から全部言語化できてピシッと道が見つかるわけじゃないけれども、まずは足を踏み入れてみる。不安もあるかもしれないけど、とにかく歩いてみる。皆さんはそういう時期にいるのではないかと思って、おじさんたちはここで話しています(笑)。
◆質疑応答
(情報工学科 3回生) 一冊入魂とおっしゃっていたのですが、「企画」について聞いてみたいなと思いまして。直感についてお話しいただきましたが、どうやって企画をするのかをもう少し具体的に教えてほしいです。

(三島) 『ちゃぶ台』という雑誌を年1回作っていて、これは編集メンバーや営業メンバーも含めて「次号どんな企画にしようか」といろいろみんなでアイデアを出します。12月16日発売の号は『お金、闇夜で元気にまわる』という特集タイトルになりました。これは「お金の話」をやろうとなってから、二転三転して決まりました。
この『お金、闇夜で元気にまわる』というのは、「お金の儲け方」を特集したいわけではなく、「お金の方が回っている」という考えです。お金も人間が生み出した一つの自然物だと考えたら、勝手にそっちが回っていると。そうしたらみんなが潤っていくし、一人のところに富が集中するのではなくて、ちゃんと回っている状態が幸せな状態だと。
「闇夜で」と言っているのは比喩ですが、ミシマ社の売上って出版業界の売上データには入っていません。出版業界の売り上げデータは取次を介したものしか反映されないのです。普通は「取次」を介して配本します。その売上が「出版界の売上」として新聞などに出ます。でも今、取次と口座を持っていない本屋さんも生まれていますし、ミシマ社のように取次を介さない出版社も増えています。「地方に書店がどんどんなくなっています」とニュースでは言われますが、取次から仕入れている本屋を「書店」と定義づけ、その「書店」の数が減っている。けれど、関係しているお店だけで約1,000店ぐらいは取次と口座を持ってない本屋がありますし、ミシマ社のように取次を介さずに本を作っている出版社もどんどん増えています。そこの売り上げは出版界の売り上げとしてはカウントされません。この事実に16年ぐらいやった後に気付きました。
ずっと僕は出版業界の人間だと思っていたけれど、出版業界の人間じゃなかった!「そうか、俺らは闇マーケットの商人だったんだ」(笑)。だからちょっと開き直って(笑)。 例えば「昼の経済」が日経平均株価などに反映されるものだとしたら、そこからこぼれ落ちる生活者たちが回しているお金、例えば農家さんが直売マルシェで売っているお金などは、業界の売上にはカウントされていません。そういう生活者が回しているお金のことを一旦「闇夜」と名付けると、闇夜のマーケットは今すごく元気です。主体的にこういうものがいいと思い、つくる。たとえば、美味しいと思って野菜を作る。ちょっと形は歪だけれども、最高に愛情たっぷり育てています。そういうものの直接の売り買いは業界の売り上げにはカウントされない。でも、そっちは実はすごく豊かなんじゃないかという仮説のもとに特集をしました。そんなふうに、自分たちの問題意識や実感と切り離すことなく企画を立てています。
(河野) 三島さんのやってきたことになぞらえながら今説明してくださいました。出版業界のように体制ががっちり出来上がっている業界の中にも、三島さんですら気づかなかったそういう〝けもの道〟があったわけですよね。だからいろんな、どんなにがっちり出来上がっていると思えるところにも、そこからこぼれ落ちていることは必ずある。さっきウォークマンの話をしましたけれど、そういう原初的な衝動とか、日常生活の中にある"気付き"とか、いろいろなひらめきやヒントが隠れているはずです。それが企画かもしれない。だから自分の仕事を見つけるのも一つのアイディアです。
(総合心理学科 1回生) ミシマさんが2006年にミシマ社を立ち上げたときうまくいかないこともあったかと思います。自分のやりたいことを断念せざるを得ないことはたくさんあると思います。それでも自分の大切なものを持ち続けるために、大切にしている習慣や考え方を教えていただきたいなと思います。
(三島) 20代の頃は、失敗やうまくいかないことが、財産だと思えていくと、楽しいかと。
失敗はネガティブに捉えられがちですが、失敗は「次の道を教えてくれる道しるべ」と捉える。うまくいかなかったことには原因がもちろんある。そこをしっかりと自分で客観視して、問題点をちゃんと見つけて、よかったところは活かし、悪かったところはやめる、直す。20代はこういった一連の流れをもっとも吸収できる時期です。そこでいっぱいそういう経験をしていくことが大切だと思います。
だから、失敗をしないようにとなると、むしろそこの経験値が積まれない。20代だけのスパンで考えるのではなくて、ずっと続いていく人生の足腰を作っていく時代だというふうに捉えたら、捉え方は変わってくると思います。
安定的なものは、時代によって変わる。今この瞬間安定的と思われているものは、5年後には全然そうじゃない可能性がある。僕は99年に就職しましたけれども、98年で就職活動していた時代の「いい」って言われていた会社がどれぐらい残っているか。いろんな人の意見も聞きつつ、一方で失敗を恐れることなく、場数を重ねていけばいいと思います。
(河野) ライフステージを区切って30歳までにこれをしなきゃダメだとか、40までにここに到達してないといけないとか、そういう人生のパターンを気にし過ぎる必要は一切ない。目標は大事だけど、それに縛られてしまっては大事なものを取り逃します。人生にはいろんなことが起きるわけですよ。災害に遭うかもしれない、事故に遭うかもしれない。親の介護や看病をしなければならなくなるかもしれないし、いろんなことがある。そういう時に一旦自分の夢をたたまなきゃいけないかもしれないけど、それは決して、敗北でもないし挫折でもない。
そこで得るもの、学ぶことは、自分を成長させてくれます。その先のふとした時に、チャンスとなって巡ってくるかもしれない。成功のパターンは一つじゃないとうことも頭に入れといた方がいいと思います。 たまたま僕も三島さんもこうやって前に座って喋っているから、成功者の部類みたいに見えるかもしれないけど、明日僕らもどうなっているかわからない。だから、他の人と同じように足並みを揃えて進まなければダメだとか、そういう強迫観念みたいなものからは自由になっていいと思います。








